札幌地方裁判所 平成7年(ワ)1842号 判決 2000年8月25日
原告 松浦道伸
被告 国
代理人 伊良原恵吾 井上正範 亀田康 ほか五名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成九年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、札幌地方裁判所において懲役九年の刑に処せられ、昭和六三年一〇月六日から平成九年二月一四日まで旭川刑務所に、同日から同年五月八日まで札幌刑務所に、それぞれ収監されていた。
(二) 被告は、旭川刑務所を設置し、かつこれを管理運営しており、同刑務所に、その公権力の行使に当たる公務員として旭川刑務所長以下の職員を配置して、在監者に対する行刑処遇等の公務に従事させている。
2 独居拘禁処分の存在及び態様
(一) 旭川刑務所長は、以下のとおり、掲記の理由と称して、平成元年八月七日、原告を昼夜間独居拘禁(いわゆる厳正独居拘禁)に付し、その後、同月一六日に一度第三工場に出役させたほか、平成九年二月一四日までその更新を繰り返した(この間の拘禁自体を総称して、以下「本件独居拘禁」という。)。
(1) 平成元年八月七日から同月一五日まで 懲罰事犯取調べのための独居拘禁(監獄法施行規則一五八条)
(2) 同月一七日 懲罰事犯取調べのための独居拘禁
(3) 同月一八日から同月二七日まで 軽屏禁一〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰執行のための独居拘禁(監獄法六〇条一項一一号)
(4) 同月二八日から同月三一日まで 懲罰事犯取調べのための独居拘禁
(5) 同年九月一日から同月二一日まで 軽屏禁二〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰執行のための独居拘禁(ただし、同月六日は、感冒のため、懲罰執行を停止)
(6) 同月二二日から平成二年七月一七日まで 集団生活不適による独居拘禁(監獄法一五条、同法施行規則二七条一項)
(7) 平成二年七月一八日から同月二五日まで 懲罰事犯取調べのための独居拘禁
(8) 同月二六日から同年九月一三日まで 集団生活不適による独居拘禁
(9) 同月一四日から同月二六日まで 懲罰事犯取調べのための独居拘禁
(10) 同月二七日から平成三年五月一九日まで 集団生活不適による独居拘禁
(11) 平成三年五月二〇日から同月二八日まで 懲罰事犯取調べのための独居拘禁
(12) 同月二九日から同年六月四日まで 軽屏禁七日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰執行のための独居拘禁
(13) 同月五日から平成八年一一月一九日まで 集団生活不適による独居拘禁
(14) 平成八年一一月二〇日から同年一二月一日まで懲罰事犯取調べのための独居拘禁
(15) 同月二日から同月一二日まで 軽屏禁二〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰執行のための独居拘禁
(16) 同月一三日から平成九年二月一四日まで 治療に専念させるための休養処遇
(二) 本件独居拘禁の具体的態様は、以下のとおりである。
(1) 工場に出役させず、独居房内の定位置で、安座姿勢を維待させながら、箸袋に割箸を入れるなどの雑作業に従事させる。
(2) 作業時間内は、許可を得なければ用便等も禁じられ、離席できず、指示された区画内において同一姿勢をとることを命ぜられ、壁によりかかることや房内での運動は一切禁止される。
(3) 昼夜とも他の在監者とは厳格に隔離され、交流や会話等は一切禁止され、所内でのレクリエーションや教育行事に参加させない。
(4) 戸外運動は、月・水・金の週三回で、一回につき四〇分間(実質三七分間)、フェンスに囲まれた運動場で他の在監者から分離されて一人で実施される。他の在監者が室内運動となる雨・吹雪・大雪等のときや免業日(休日)には、戸外運動は中止され、独居房内における房内体操となる。
(5) 入浴、診察、理髪、接見連行及び教誨教育も、すべて他の在監者から分離されて別個の場所や態様で実施される。
3 本件独居拘禁に至る経緯及び違法性
(一) 旭川刑務所長が原告を本件独居拘禁に付すに至った経緯は、以下のとおりである。
(1) 原告は、平成元年八月四日まで、入所時の独居拘禁等を除き雑居房において拘禁され、同日当時は、旭川刑務所第二舎一階第八房において、三人の受刑者と共に雑居拘禁に付されていた。
(2) 原告は、同日午後四時四五分ころ、同房者の田守祐稔(以下「田守」という。)から突然殴る蹴るの暴行を受け、全く無抵抗のまま昏倒し、加療約二週間を要する口唇打撲、口内裂傷及び補綴物破損(義歯破損)の傷害を負い、口腔右上部、右下唇及び右鼻根部付け根等に傷痕が残った。
(3) この騒ぎを認知した旭川刑務所職員は、この事態を二人による「けんか事犯」と認定し、田守を直ちに保護房に収容すると共に、原告にも金属手錠を施して保安課取調室に連行した。右職員は、原告が一方的被害者である旨訴えており、直ちに調査すれば、原告の右訴えが真実であることを容易に認識し得たにもかかわらず、調査を怠り、同月四日午後四時五三分から同月七日午後零時六分までの間、原告を保護房に拘禁した。その態様は、保護房拘禁中、原告の右手を前に左手を後ろにして革手錠で拘束し続けるというものであり、用便のためと称してパンツを脱がせてズボンを股割れにした上、食事の際にも革手錠を外さないというものであった。
(4) 原告は、一貫して一連の右処分を不服として訴えていたが、旭川刑務所側が一顧だにしなかったため、平成二年四月一六日、札幌地方裁判所に被告に対する国家賠償請求訴訟を提起した(同裁判所平成二年(ワ)第五〇六号損害賠償請求事件)。
(5) 札幌地方裁判所は、原告の右請求に対し、平成五年七月三〇日、金属手錠の使用は事態鎮静のためにやむを得なかったといえるものの、原告は一方的被害者であり、保護房拘禁の要件を欠くので、保護房に拘禁した処分は違法であるとして、被告に慰謝料五〇万円の支払を命じる判決を下し、同判決は、控訴されることなく確定した。
(6) 以上の経緯から明らかなとおり、旭川刑務所長は、原告を厳正独居拘禁に付すべき必要性も理由もないのに、本件独居拘禁の始期においては、前記(3)の処分に対する原告の抗議を隠蔽又は弾圧する目的のため、前記(4)の訴訟提起後は、それに対する報復目的も加わり、更に前記(5)の判決確定後は、原告と他の在監者との交通を遮断して自らの違法行為を隠蔽する目的のため、原告に対する本件独居拘禁を更新継続したものである。
(二) 本件独居拘禁は、(1) 原告に椎間板ヘルニア及び狭心症の持病があったにもかかわらずされたもので、在監者の精神又は身体に害があると認められる場合の独居拘禁を禁じる監獄法施行規則二六条に違反するのみならず、(2) 他の在監者と同等の取扱いをしない点で、憲法一四条の平等原則に、(3) 自由な人格者であるとはいえない程度まで原告の身体的自由を剥奪するものである点で、憲法一八条の奴隷的拘束の禁止規定に、(4) 手続上適正に取り扱わない点で、憲法一三条及び三一条の規定に、(5) 原告に対する刑の執行のために不必要な精神的肉体的苦痛を加える点で、憲法三六条の残虐な刑罰の禁止規定に、(6) 残虐かつ非人道的で品位を傷つける取扱い又は刑罰である点で、市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約)七条に、(7) 人間の尊厳に基づく処遇に違反する点で、同規約一〇条に、それぞれ違反する違法な行為である。
4 その余の違法処遇(本件独居拘禁の違法性を推認させる間接事実)
(一) 学習妨害
旭川刑務所では、出所後の社会復帰のために受刑者に「学習」が許されており、そのための学習本や教材を使用することが許されていたが、これらの許可基準が突然一方的に変更され、学習本の所持数が一四冊から七冊に減冊されるなどした。原告は、車や美術品の輸入業に携わりたいと考えており、「経営学・貿易」「美術」及び「イラスト」等の科目の学習を許されていたが、その学習に必要な電卓、三角定規、コンパス及び分度器の使用許可を取り消され、取り上げられた。また、これまで「学習本」として許可されていた本を「娯楽本」扱いとされるなど、恣意的判断による嫌がらせを受けた。
(二) 食事に関する差別処遇
(1) 旭川刑務所では、平成七年、五ランクの食等がA・B・Cの三ランクに一方的に変更され、原告の食等はCランクとなったが、その内容は原告の必要最小限度の生存を脅かす栄養価しか含まないものであった。
(2) 原告は、本件独居拘禁に付されていたため、現場担当による日常的な差別処遇を受けた。それが在監者の原告に対する差別意識を助長しあおることになって、配食の際の恣意的な減量、抜取り、ゴミや陰毛等の混入等の嫌がらせ行為を招き、原告に必要量の食事を摂取させなかったばかりか、心理的にも摂取の意欲を失わせることとなった。
(3) その結果、原告は、栄養失調や易疲労感に加えて、激しいストレスに襲われ、社会内で九〇キログラムあった適正体重が平成八年九月ころには五五キログラムにまで激減し、栄養剤の摂取等によりかろうじて生存を保っている状態に陥った。
(三) 訴訟妨害
旭川刑務所では、原告の本件訴訟活動を妨害し弾圧する目的のため、原告を挑発し、言葉尻を捉えては、事実に反する懲罰事犯に仕立て上げた。そして、それに基づいて原告を懲罰に付し、懲罰中を理由として、本件訴訟活動のための発信を妨害した。その具体的経過は、以下のとおりである。
(1) 平成八年一一月二〇日午前一一時三〇分頃、原告は、房内の定位置に座って、割箸を一膳づつ箸袋に詰める作業をしていたにもかかわらず、錠前検査をしていた前田看守から、「作業を続けてろ。」「黙って作業を続けてろって言ったんだ。わかったか、こら。」などと怒鳴りつけられた。原告が「作業を続けている者へ作業を続けろと言うのですか。」と言うと、前田看守は更に、「だから、そのまま続けていいと言っているんだ。何でもないって言ってんだ。わからないのか、こら。」などと怒鳴りつけた。
その後間もなく、原告は、「処遇部門」の取調室に連行され、立たされたまま取調べを受けた。原告が前記の経過を説明しても、聞いてもらえず、逆に「何か捨てぜりふを言っていないか。廊下に担当だって居るんだぞ。」等と言われ、「この件で取調べだ。」と告げられて、房に戻された。
同月二六日に調書が作成されたが、右調書には、前田看守及び原告の言動が大幅に歪曲されて記載された。
(2) 平成八年一二月二日、原告が特別発信を出願したところ、同日の午前中に懲罰審査会があり、その日の午後、軽屏禁二〇日(文書図画閲読禁止併科)の言渡しがされ、即日執行された。その結果、原告は、当時係属していた前記3(一)(4)の裁判の資料や筆記具を取り上げられた。
(3) 受罰中は、文書図画閲読禁止のため、自由に手紙を書くことができず、認書願と使用願を出して許可を得る必要があった。そこで、原告は、訴訟に関する連絡のため、直ちに認書願とシャープペンシルの使用願を提出した。ところが、その趣旨を具体的に示せと命じられ、疎明書を提出させられた上、通常は即日決裁されるのに、決裁の不作為が続いた。裁判期日があるため、原告は再三決裁を申し出たが、決裁中であることを理由に、手紙を書かせない、シャープペンシルの使用を許可しないなどの発信妨害が行われた。これは、本件訴訟で採否が問題となっていた検証の採用を妨害する意図でされたものである。
また、受罰中は、暖房のない厳寒の中で定位置に安座し、両手を太股の付け根に正しく置いて、一日中座って過ごさなければならず、免業日ですら膝掛け毛布の使用が禁止される。そのため、原告は、手足の凍傷、腰痛及び坐骨神経痛に苦しめられた。
(四) 医療措置の不作為等
(1) 原告は、旭川刑務所在監中、食事の一方的減量や、刑務所職員の偏見に満ちた不当処遇等に起因するストレスのため、二〇キログラム近く痩せ、その結果、尻の肉が削げ落ち、安座で作業することもままならない状況に陥ったので、パッド入りの座布団の使用許可や自費による栄養剤の摂取等を求めたが、いずれも不許可にされた。
(2) 原告は、平成八年一二月一三日、医師の診察により、休養をとる必要があるとして懲罰執行を停止され、病舎七房に入房となったが、同房に一時間ほど入れられた後は、それまで使用中であった二四時間監視カメラ付きの病舎四房を原告のためにわざわざあけて、同月一七日までそこで拘禁され虐待された。この結果、原告は、用便も不調となり、食欲も落ちて、不眠となり、衰弱した状態に陥った。
(3) 原告は、平成八年一二月一六日、医師の診察を受け、点滴と眠剤を処置され、翌一七日、病舎七房に転房となったが、安静中に起こされて診察室に連行され、「抗命」を理由とする取調べを受けた。
(4) 原告は、平成九年二月一四日、突然札幌刑務所に移送され、病舎入房となったが、同刑務所でも、看守が医師に対し、何らの措置も必要ないなどと露骨に公言するような状況下で、一般的な診察が行われたほかは、何らの医療措置も行われなかった。
(5) 右のような被告の措置が、本件訴訟における原告本人の所在尋問及び旭川刑務所の検証の採用を妨害しようとする意図に出たものであることは、本件訴訟の経過に照らし明らかである。
(五) 原告に対し以上のような様々な違法処遇がされたということは、本件独居拘禁が前記3(一)(6)の目的のためされた違法な行為であることを推認させるものである。
5 故意又は過失
(一) 故意
旭川刑務所長及び同刑務所職員は、本件独居拘禁にあたり、前記3(一)(6)の違法な目的を有していたため、原告には厳正独居拘禁に付すべき必要性や理由がないことを認識していた。
(二) 過失
仮に旭川刑務所長及び同刑務所職員に(一)の故意が認められないとしても、旭川刑務所長及び同刑務所職員には、本件独居拘禁にあたり、原告が前記3(一)(2)の暴行事犯の一方的被害者であり、原告の抗議行動には正当な理由があることについて、調査をすれば容易に認識し得たにもかかわらず、その調査を怠ったため、右暴行事犯はけんか事犯であって、原告の保護房拘禁は正当な処分であり、それに対する原告の抗議行動や訴訟活動は刑務所に対する抵抗であるから、原告に対しては雑居拘禁による矯正教育は不可能で、本件独居拘禁は適法であると誤信した過失があり、また、前記3(一)(5)の判決確定後は、原告に対する独居拘禁の適法性について容易に検討できたにもかかわらず、その検討を怠ったため、本件独居拘禁は適法であると誤信した過失があった。
6 責任原因
本件独居拘禁は、被告の公権力の行使に当たる公務員である旭川刑務所長及び同刑務所職員がその職務を行うについてしたものであるから、被告は、原告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、原告が本件独居拘禁によって被った損害を賠償すべき責任がある。
7 損害
(一) 慰謝料 七〇〇万円
原告は、約七年半の長期にわたる本件独居拘禁によって、次のような肉体的精神的損害を被った。これに対する慰謝料の額は、七〇〇万円を下ることはない。
(1) 原告は、日常的に狭い室内に拘束され同一の単純作業を継続させられたため、身体の全体的発達が阻害され、また、運動時間が極めて制限されたため、持病の椎間板ヘルニアが悪化した。
作業場(工場)では暖房が入っている時であっても、独居房のある舎房区では、例年一一月中旬から一二月一五日までの間は、外気温が検温時氷点下とならなければ暖房は入らず、一二月一六日から三月三一日までの間は、朝・昼・夕の短時間と午後八時から午前二時までを除いて暖房が入らない。したがって、原告は、独居房での作業中、他の工場就業者と同じようには暖を採れなかった。
また、平成三年一二月六日以降は、それまで冬季間に使用を許されていた作業用膝掛け毛布(作業用前掛)を剥奪されたため、原告は、足指が凍傷になり、坐骨神経痛も悪化し、身体が衰弱した。
(2) 下着を含めた洗濯回数が全般的に半減させられたため、衛生上不潔な状況にならざるを得ず、原告は、精神的苦痛を受けた。
(3) 日常的に狭い空間に拘束されたことや、他人との会話や交流から絶縁された状態に置かれたことにより、原告は、人間的社会性や共同性を奪われ、著しい精神的苦痛を受けた。
(4) 独居拘禁に付されている者は、行刑累進処遇令に基づく進級を受ける利益を奪われ、ひいては進級が条件である仮出獄の利益も奪われる。原告は、違法な本件独居拘禁により、進級や仮出獄の利益を奪われ、速やかに社会復帰をして更生を図る利益を侵害された。
(5) 独居拘禁に付されている者には、効率の悪い単純作業しか与えられず、かつ前記のとおり進級の利益を奪われるため、原告は、極めて低額の作業賞与金しか与えられないという不利益を被った。
(6) 原告は、刑務所長から独居拘禁相当者という烙印を押されたことにより、多くの職員の偏見に曝された。原告は、平成六年一月一〇日には書面により、同年八月二二日には口頭により、それぞれ情願を行ったが、情願内容の秘密が保護されなかったばかりか、七件の事項につき出願したにもかかわらず、同年一〇月一四日までに六件の裁決しか行われず、同年一月一〇日付け情願に対する裁決は、同年一〇月一四日まで遅れた。また、原告の長女から同年一〇月二四日に到達した手紙には、四枚の写真が同封されていたが、そのうち二枚については規格外であるとして交付を許可されなかった(以前はこのような規格制限はなく、変更告知もされていなかった。)。更に、平成二年一一月一五日の原告の妻と長女との面会では、面会時間を恣意的に短縮された上、この事実に関する弁護士への特別発信願いを不許可にされた。同様に、平成三年一二月一七日の面会も、恣意的に中断された。原告は、そのほかにも、おびただしい発信妨害や発信処理の意図的な遅延等、有形無形の人権侵害を被った。
(二) 弁護士費用 一〇〇万円
原告は、本件訴訟の提起及び追行を弁護士である三津橋彬及び笹森学に委任した。その弁護士費用のうち一〇〇万円は、旭川刑務所長の前記違法行為と相当因果関係が認められる損害である。
8 よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、前記7の慰謝料及び弁護士費用の合計八〇〇万円及びこれに対する本件独居拘禁終了の後の日である平成九年五月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 1(当事者)(一)(二)の各事実は認める。
2(一) 2(独居拘禁処分の存在及び態様)(一)の事実のうち、掲記の理由と称したことは否認し、その余は認める。本件独居拘禁の詳細な経緯及び理由は、後記三のとおりである。
(二)(1) (二)(1)の事実中、本件独居拘禁中、原告を工場に出役させず、独居房内において箸袋に割箸を入れる作業に従事させていたことは認め、その余は否認する。
(2) (二)(2)の事実は否認する。
(3) (二)(3)の事実中、本件独居拘禁中、原告を所内でのレクリエーションや教育行事等の集団的処遇に参加させなかったことは認め、その余は否認する。作業上必要な会話を他の在監者と行う機会はある。
(4) (二)(4)の事実は認める。
(5) (二)(5)の事実は否認する。
3(一)(1) 3(本件独居拘禁に至る経緯及び違法性)(一)(1)の事実は認める。
(2) 3(一)(2)の事実中、原告が平成元年八月四日午後四時四五分ころ、房内において田守から暴行を受け、全治二週間を要する口唇打撲及び口内裂傷の傷害を負ったこと、その際に補綴物(義歯)が破損したことは認め、口腔上部等に傷痕が残ったことは不知、その余は否認する。
(3) 3(一)(3)の事実中、騒ぎを聞知した旭川刑務所職員が田守を保護房に収容したこと、原告に対して金属手錠を使用し、保安課取調室に連行したこと、原告が一方的被害者であると述べていたこと、原告に対して革手錠を使用し、保護房に収容したこと、保護房拘禁中、革手錠を右手前左手後に使用し、食事の際に革手錠を外さなかったこと、用便のためにパンツを脱がせて、ズボンを股割れとしたことは認めるが、その余は否認する。
(4) 3(一)(4)の事実中、原告が、平成二年四月一六日、札幌地方裁判所に国家賠償請求訴訟を提起したことは認め、その余は否認する。
(5) 3(一)(5)の事実は認める。
(6) 3(一)(6)の事実は否認する。
(二) 3(二)の事実は否認ないし争う。ただし、原告から椎間板ヘルニア及び狭心症があるとの申立てはあった。なお、原告は、本件独居拘禁が国際人権B規約七条及び一〇条に違反する旨主張するが、懲役刑の拘禁目的達成のため受刑者の自由を制約することは、国際人権B規約においても容認されているところ、本件独居拘禁は、後記三のとおり、旭川刑務所に収容されていた受刑者の拘禁目的を達成し、同刑務所の規律及び秩序を維持するために必要やむを得ない措置であって、国際人権B規約に違反するものではない。
4(一) 4(その余の違法処遇)(一)の事実中、旭川刑務所では出所後の社会復帰のため、受刑者に「学習」が許されていること、許可を得れば学習本や教材の所持使用ができること、原告には、「貿易」「イラスト」及び「水彩画」の三科目について学習を許可していたこと、右の許可基準を平成七年一〇月一日に変更し、学習本については専門書又はそれに準じるもので所持冊数七冊以内とし、教材については科目内容によって必要と認められるものとしたこと、右新基準に従って、原告についても、学習本の所持冊数を七冊に変更し、電卓、三角定規、コンパス及び分度器の使用許可を取り消したこと、それまで「学習本」として許可していた本を「娯楽本」扱いに変更したことがあることは認め、原告が車や美術品の輸入業に携わりたいと考えていたことは不知、その余は否認する。右許可基準の改正は、旭川刑務所の全受刑者を対象とした取扱いの変更であって、原告のみを対象とした恣意的判断による嫌がらせではない。
(二)(1) 4(二)(1)の事実中、旭川刑務所において、平成七年四月一日から在監者に給与する主食の熱量を変更したこと、原告に給与していた主食がC食であったことは認め、その余は否認ないし争う。原告に給与した食料は、右変更後の給与基準に基づく標準栄養量及び給与量を満たしたものである。また、右変更が合理性のない違法な変更であるとの主張は、何ら理由がない。
(2) 4(二)(2)の事実は否認する。配食の際には、舎房棟の担当職員が必ず立会し、配食係の在監者が不公平な分配や窃取、異物混入等をすることのないよう監視しており、在監者に対する給食業務は適正に行われていた。
(3) 4(二)(3)の事実は否認する。旭川刑務所においては、原告の体重減少について、疾病等に起因するものか否かを判断するため、必要な検査を実施したが、異常所見は認められなかった。また、原告の体重回復を図るべく、原告に給与する主食をC食からA食に変更する増食給与をし、必要時には点滴等を行うなど、適正な医療措置を講じていた。
(三)(1) 4(三)(1)の事実中、原告を処遇部門の取調室に連行し、取調べを行ったこと、平成八年一一月二六日に調書を作成したことは認め、その余は否認する。平成八年一一月二〇日、原告を取調べのための独居拘禁に付した経緯は、以下のとおりである。
同日午前一一時三〇分頃、原告が収容されていた居房の錠前検査を実施するため、警備隊職員が同房を開房し、作業中の原告に対し、「こちらの検査だから作業は続けてていいぞ。」と検査を実施する旨告知し、錠前検査を実施しようとしたところ、原告は、「何でそんなこと言うの、見たわけでもないのに。」「いちいちそんなこと言わなくてもいいじゃないか。」「ばかなこと言うな。」などと警備隊職員に対し暴言を吐いた。そこで、警備隊職員から報告を受けた統活矯正処遇官が、原告を処遇部門調室に連行するよう指示し、同日午前一一時四〇分ころ、原告に対する事情聴取が行われた。右聴取に対し、原告が暴言を吐いた事実を否認したため、旭川刑務所長は、更に詳細に取り調べる必要があると判断し、原告を右暴言事犯による取調べのため独居拘禁に付することとし、そのころ、統括矯正処遇官が原告に対し、その旨告知した。
(2) 4(三)(2)の事実中、平成八年一二月二日、懲罰審査会において原告の事犯について審査したこと、同日から、原告に対し原告主張の懲罰を執行したことは認め、その余は否認する。
(3) 4(三)(3)の事実中、原告が使用願を提出したこと、原告が指導に基づいて疎明書を提出したことは認め、その余は否認する。原告からの出願については、適法かつ適正に処理しており、決裁の不作為が続いたということはない。
(四)(1) 4(四)(1)の事実は否認する。旭川刑務所では、原告の体重減少に対し、外部専門医による検査及び増食給与等の適切な医療措置を講じていた。
(2) 4(四)(2)の事実中、平成八年一二月一三日、休養処遇とした原告を一時的に病舎七房に収容したこと、その後、原告を視察カメラの設置されている病舎四房に転房し収容したことは認め、その余は否認する。
(3) 4(四)(3)の事実中、平成八年一二月一六日、原告が医師の診察を受けたこと、翌一七日、原告を病舎四房から病舎七房に転房したことは認め、その余は否認する。
(4) 4(四)(4)の事実中、平成九年二月一四日、原告を札幌刑務所に移送したことは認め、その余は否認する。原告を札幌刑務所に移送したのは、原告の体重減少に対する原因究明及び専門的な医療措置を行うため、医療センター施設に指定されている同刑務所に移送することが相当であると判断したためである。
(5) 4(四)(5)の事実は否認する。
5 5(故意又は過失)(一)及び(二)の事実はいずれも否認する。
6 6(責任原因)の事実中、旭川刑務所長及び同刑務所職員が原告に対してした行為は、被告の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについてしたものであることは認め、その余は否認する。
7(一) 7(損害)(一)の事実中、原告の長女からの手紙に同封されていた写真四枚のうち二枚を交付しなかったことは認め、その余は否認する。採暖の点は、工場就業者と舎房就業者との間で取扱いに差異がない。
(二) 7(二)の事実は否認する。
三 被告の主張
本件独居拘禁の経緯及び理由は、次のとおりである。
1 旭川刑務所への収監
原告は、昭和六三年九月六日、札幌地方裁判所において強盗致傷罪により懲役九年の刑に処せられ(同月二一日確定)、同年一〇月六日、札幌刑務所から旭川刑務所に移送された。
2 平成元年八月七日から同月一五日まで
(一) 平成元年八月四日、原告が旭川刑務所第三工場での作業を終え、収容されていた雑居房に戻った際、原告と田守が、房内の中央付近から南側角にもつれ合うようにして移動し、原告が両膝をついて前屈みになり両手で顔面を抱え込んでいたところを、田守が背後から二、三回足蹴りし、両手拳で原告の後頭部を殴打するという暴行事犯が発生した。
(二) 右暴行事犯の動機について、田守は、原告が田守の所属していた暴力団組織一和会系加茂田組内花田組の組長であった亡花田章(以下「花田」という。)を見下す話を他の在監者の面前で数回にわたってしたのを辛抱して聞いていたが、同組長の命日に思い余って、原告に対する暴行に及んだものであることが、在監者の証言等から明らかとなった。
(三) そこで、旭川刑務所長は、同年八月七日から同月一五日までの間、原告を右事犯の取調べのため独居拘禁に付した。
(四) 右事犯については、特に原告が田守に対して暴行を加えた事実が認められなかったため、旭川刑務所では、原告に対しては懲罰を科さないこととしたが、田守が暴行するに至った原因が原告の不適当な言動にあったものと認められたため、保安課長が原告に対し、今後言動を慎むとともに反省を促す趣旨の訓戒をした上で、同年八月一六日、原告を第三工場に出役させた。
3 平成元年八月一七日から同月二七日まで
原告は、平成元年八月一六日、旭川刑務所第三工場において、他の在監者に対し私物品のタオルを不正に譲渡したため、旭川刑務所長は、翌一七日、原告を独居拘禁に付し、詳細に取り調べたところ、同刑務所の遵守事項に違反する不正授受事犯に当たることが明らかとなったので、引き続き同月一八日から軽屏禁一〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を課した。
4 平成元年八月二八日から九月二一日まで
旭川刑務所長が、平成元年八月二八日、原告に対し、私物品の不正受給に係る懲罰の終了及び第五工場への出役を言い渡したところ、原告は、「第三工場以外の工場には出ません。ほかの工場に行くのだったら独居の方がいいです。」などと申し立て、第五工場への出役を拒否した。このため、旭川刑務所長は、同日から同月三一日までの間、原告を取調べのための独居拘禁に付した。そして、同年九月一日、右工場出役拒否の事犯で、原告に軽屏禁二〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科すこととし、同日から同月二一日までの間、原告を懲罰執行のための独居拘禁に付した(ただし、同月六日については、原告に感冒による三七度九分の発熱が認められたので、懲罰執行を停止し、原告を病舎に収容した上、休養処遇に付した。)。なお、受刑者の工場出役に関する処遇は、分類審査会の決議を経た後に、旭川刑務所長の承認によって決定され、当該受刑者には、出役当日に初めて言い渡されるものであるから、右決定以前の段階において、同刑務所職員が原告に対し、第三工場に出役させる旨の約束をすることはあり得ない。
5 平成元年九月二二日から平成三年五月一九日まで
(一) 原告に対する右懲罰執行は、平成元年九月二一日の経過をもって終了したが、右懲罰執行期間中において、原告は、舎房担当職員の生活指導に対し、「田守は絶対に許せない。」「ほかの工場には田守のブレーンがいるので尾を引く。」などと述べており、依然として田守から暴行を受けたことを恨み、根に持ち続けている状況にあった。原告が田守から暴行を受けた原因は、原告が田守その他の在監者のいるところで公然と、田守が所属していた暴力団の組長で故人である花田を見下す言動を何回かしたことにあるが、原告は、自己の非を認めようとせず、田守から暴行を受けたことに対して恨みを持ち続け、自己本位的な考えに固執していたのである。したがって、このような原告を工場に出役させると、田守と親交のある暴力団関係者等の在監者との間で軋轢が生じることが十分に予測されたことから、原告に集団生活をさせることは不適当であると判断し、監獄法一五条に基づく独居拘禁に付すこととしたのである。
(二) 平成二年三月二二日から平成三年五月一九日まで独居拘禁を更新(監獄法施行規則二七条)した理由は、以下のとおりである。
(1) 平成二年三月一五日、分類課長が原告に面接して、工場出役の意思確認や受刑生活の心構え等について指導をしたが、その際、原告は、「田守は絶対に許すことはできない。」「ここの職員は私に対し私的な恨みを持っている。とことん対抗してやる。」などと豪語し、分類課長の指導を全く受け入れようとしなかった。
(2) 平成二年六月一四日、分類課長が原告に面接して、工場出役の意思確認や指導をしたが、その際、原告は、田守に対する憎悪や嫌悪の情を表し、「絶対に許さない。俺の舎弟を使ってでもけじめをつけたい。」などと述べて、田守に対する遺恨の念を表白した。また、同課長が、原告にも暴行事犯の原因があるのではないかと問いかけたところ、原告は、「自分は相手に対し傷つけるようなことは言っていない。」などと興奮して述べた。
(3) 平成二年一二月一九日、分類課長が原告に面接して、工場出役の意思確認や指導をしたが、その際、原告は、「田守の調書を読んだところ、原因が自分にあると言っているが、そのようなことは一切ない。自分は殴られるようなことは一切言っていない。調書で言っていることはうそだ。本当は自分が舎房にいると舎房で同衆たちを牛耳ることができなくなり、自分が邪魔になったのだと思う。」などと興奮しながら述べた。
(4) 平成三年三月一八日、分類課長が原告に面接して、工場出役の意思確認や指導をしたが、その際、原告は、工場に出役する意思は示したものの、田守に対する遺恨の念は持ち続けており、工場出役にあたって、けんか等の事故を起こさないで生活することを誓約できるかという問いに対し、「はっきりした形での誓約はできません。また、自信もありません。仮に、はっきり誓約して工場で事故を起こした場合、官はそれで責任を逃れようとしているのではないか。」などと興奮し憤慨した様子で述べた。
以上のとおり、旭川刑務所長は、原告の経過観察をしていたが、原告は田守から暴行を受けたことに対して遺恨の念を持ち続け、身勝手で自己本位な考えに固執しており、また、職員に対する一方的な不信感も表すに至っており、このような原告を工場に出役させた場合、他の在監者との間に軋轢を生じるとともに、原告に危害を加えたことで事件送致となり刑の増えた田守や田守と友誼関係のある者たちから攻撃を受けたり、自己の意に反する職員の指導に対して積極的に反抗することが十分に予測されたことから、原告に集団生活をさせることは不適当であると判断し、独居拘禁を更新したものである。
(三) なお、右の期間中、以下の期間は、懲罰事犯取調べのための独居拘禁(監獄法施行規則一五八条)である。
(1) 平成二年七月一八日から同月二五日まで
平成二年七月一八日、原告を含めた在監者八名の戸外運動が終了し、連行職員二名が右在監者らをそれぞれの居房に戻すため、原告を居房前の廊下で待機させていたところ、原告が原告に悪感情を持っている在監者から殴りかかられるという事犯が発生したため、原告を取調べのための独居拘禁に付した。その後の取調べで、右在監者は、原告に殴りかかった動機について、同人が服役するに至った事件のことを原告が他の在監者に言いふらし、それが広まったこと等に対して、遺恨の念を抱いていたためと供述したものの、原告が言いふらしたという時期から既に一年以上経過していて事実関係を立証することができず、また、右事犯は、原告が一方的に暴行を受けたものであること等から、旭川刑務所長は、原告を処分する理由はないものと判断し、同月二五日、右取調べのための独居拘禁を解除した。
(2) 平成二年九月一四日から同月二六日まで
平成二年九月一四日、居房担当職員が、原告から「訴訟用資料について本日中に下付されるかどうか聞いてほしい。」との申出を受けたので、保安課事務室にその実情を確認し、原告に対し、本日中に間もなく下付されると告知したところ、原告は、それに対する不満を述べ、更に、同職員から「おもしろくないという感情だけで不満を言うのはやめなさい。」などと指導を受けたことに対して、威圧的な口調で「そんなこと言ってんじゃねえよ。」と暴言を吐く規律違反行為をしたため、取調べのための独居拘禁に付された。
その後、右事犯について詳細な取調べがされたが、原告が一貫して同職員に暴言を吐いた事実を否認し、また、原告の居房周辺に収容されていた在監者からも裏付けとなる供述を得られなかったため、旭川刑務所長は、規律違反行為として原告を処分するに足りる十分な証拠がないと判断し、同月二六日、右取調べのための独居拘禁を解除した。
6 平成三年五月二〇日から六月四日まで
原告は、平成三年五月二〇日午前一〇時五九分ころ、戸外運動場から戻り、居室内に入室する際、連行職員に対し、「何言ってんだ、この野郎。」と暴言を吐く規律違反行為をしたため、同日から同月二八日まで、取調べのための独居拘禁に付された。
原告は、職員に暴言を吐いた事実を否認していたものの、同月二九日に付議された懲罰審査会において、関係職員の報告書等の証拠に基づき、暴言の事実が認定されたので、旭川刑務所長は、同日、右暴言事犯で、原告に軽屏禁七日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科すこととし、同日から同年六月四日までの間、右懲罰を執行した。
7 平成三年六月五日から平成八年一一月一九日まで
(一) 平成三年六月五日に独居拘禁に付した理由について
旭川刑務所長は、原告の自己中心的な性格等から、集団生活の場において無事故で生活していこうとする意思が認められず、また、田守及び同人と友誼関係のある在監者から危害を加えられるおそれが十分に認められるなど、その時点においても、前記5の状態と変わるところはないと判断し、原告を独居拘禁に付すこととした。
(二) 平成八年一一月一九日まで独居拘禁を継続して更新した理由について
旭川刑務所では、原告の動静を経過観察していたが、原告には次のような言動があった。
(1) 平成三年八月二七日、分類課長が原告に面接して、工場出役の意思確認や指導をしたが、その際、原告は、「自分から調整(和解)する気持ちもないし、どうこうする気持ちもない。しかし、工場に出て、周りの同衆からこのことについてあおられれば、自分としても黙っていることはできないと思う。」などと述べた。
(2) 平成三年一一月二六日、分類課長が原告に面接して、工場出役の意思確認や指導をしたが、その際、原告は、「田守から頭を下げてくるならば応じるが、自分から頭を下げていくつもりはない。」「職員から何かと嫌がらせをされ、何も信用できなくなった。私を目のかたきにしているようだ。」などと述べた。
(3) 平成四年二月二五日、分類課長が原告に面接して、工場出役の意思確認や指導をしたが、その際、原告は、「工場に出ても田守とその仲間と私の間でけんかになることは十分承知している。また、私が訴訟をやっているから、職員に目のかたきにされ、ささいなことで嫌がらせをされる。」などと述べた。
(4) 平成四年六月二日、分類課長が原告に面接して、工場出役の意思確認及び指導をしたが、その際、原告は、「工場へ出役したい気持ちに変わりはない。殴りかかってきた田守が、刑が増えたことに不満を持っているのは十分承知している。供述調書によると、田守は矛盾した理由をこじつけているようだが、暴行の理由は別にあると思うので、もし、自分が工場に出た場合、話が食い違うなどして、田守は引っ込みがつかなくなるはずである。こっちから頭を下げて対人調整をしてもらう考えは毛頭ない。また、刑務所を相手に訴訟を起こしているので、一部の職員から私的感情により圧力や弾圧を加えられている。」などと述べた。
(5) 平成四年九月一日、分類課長が原告に面接して、工場出役の意思確認及び指導をしたが、その際、原告は、「自分は被害者であるのに工場へ出役させてもらえないのは、官が差別しているからである。また、訴訟をしていることで職員の一部から私的に嫌がらせを受けている感じがする。」などと、独居拘禁が職員の恣意のままにされているかの如く述べ、刑務所への反感を表した。
(6) 平成四年一二月二日、平成五年二月二四日、同年六月二日及び同年八月三〇日の分類課長等との面接の際、原告は、田守には頭を下げるつもりはないし、また、工場に出役させてもらえないのは国を相手に訴訟をしているからであるとして、自己中心的な考えに固執していた。
(7) 平成五年一一月三〇日及び平成六年二月二三日の統括矯正処遇官(分類担当)(以下「分類統括」という。)との面接の際、原告は、寒くなると椎間板ヘルニアの具合が悪くなること、そのため出役する工場も限られてくること、しかし、田守と同じ工場には出役したくないし、適当な工場がないこと等、自己の処遇について自己中心的な考えを述べた。
(8) 平成六年五月三一日(面接時間一七分)、同年八月二三日(面接時間一八分)、同年一一月二二日(面接時間一七分)、平成七年二月二三日(面接時間一五分)、同年五月二四日(面接時間一三分)及び同年八月二八日(面接時間四分)の分類統括との面接の際、原告は、満期が平成九年五月八日と近くなったので、あえて工場には出役したくないなどと、工場出役について消極的な意思を示し、また、田守についても、相変わらず遺恨の念を持ち続けていることを窺わせる発言をした。
(9) 平成七年一一月二四日の分類統括との面接の際、原告は、田守に対する反感は残っていないとしながらも、田守から暴行を受けたことについては、非は一方的に田守にあると自己を正当化する発言をし、工場出役についでも、ヘルニアの持病があるとして軽い作業につくことを申し立てた。また、右面接中、原告は、現在の自己の作業量は他の在監者と比較にならないなどと豪語し、自己と他の在監者との能力の違い等についてくどくどと申し立て、一人で興奮して冷静さを失うなどの様子が見られた。
(10) 平成八年二月二八日の分類統括との面接の際、原告は、工場出役について消極的な意思を示し、田守に対しても相変わらず遺恨の念を持ち続けていることを窺わせる発言をした。
(11) 平成八年五月二九日、分類統括が原告に面接し、集団生活及び工場出役に対する考えを聴取したところ、原告は、集団生活に対する不安と自信のなさを窺わせる発言をした。
(12) 平成八年八月二九日、分類統括が原告に面接し、集団生活及び工場出役に対する指導を行ったところ、原告は、「工場に出してくれるなら出役したい。」などと返答したものの、「私の方はわだかまりはないが、他の同衆がどのような感情を持っているかは分からない。」「官が出役を不適当と判断するなら、それでもよいと思っている。」などと述べ、原告の工場出役に対する意思は判然としなかった。また、原告は、「現在、訴訟をやっているのは、これまで官がありもしないことをでっち上げ、いろいろな嫌がらせをしているからですよ。」などと、工場出役とは直接関係のない事柄を申し述べ、施設の処遇に対する一方的な不信感、反発心を訴えた。
また、平成八年二月二三日、旭川刑務所工場区を担当する主任矯正処遇官が、田守との面接を実施し、原告に対する現在の心境等を確認したところ、田守自身も、原告に対し未だ根強い反感を抱き続けている状況にあった。
(三) 以上のとおり、原告は、分類課長や分類統括との面接において、田守に対して遺恨の念を持ち続け、集団生活や工場出役に不安感を抱いているような言動をしていた。原告は、工場に出役する意思を有しているような言動をすることもあったものの、その一方では、工場において事故なく生活していこうとする決意は見受けられず、むしろ職員に対する自己本位的な不信感に固執していた。したがって、このような原告を工場に出役させた場合には、従前と同様、田守と親交のある暴力団関係者等の他の在監者との間に軋轢を生じ、原告がそれらの者から危害を加えられるおそれのほか、職員の指導にも反発するおそれが十分に認められたことから、原告に集団生活をさせることは不適当であると判断し、原告に対する独居拘禁を更新継続したものである。
8 平成八年一一月二〇日から平成九年二月一四日まで
平成八年一一月二〇日午前一一時三〇分ころ、旭川刑務所職員が、原告が収容されていた居房の錠前検査をするため、同房を開房し、作業中の原告に対し、「こちらの検査だから作業は続けてていいぞ。」と検査を実施する旨告知し、錠前検査を実施しようとしたところ、原告が右職員をにらみつけながら、「何でそんなこと言うの、見たわけでもないのに。」と申し述べてきたため、右職員が「検査をするので作業を続けなさい。」と原告に指示した。すると、原告は、「いちいちそんなこと言わなくてもいいじゃないか。」と語気荒く言い返し、うつむきながら、「ばかなこと言うな。」と暴言を吐く規律違反行為をした。そこで、同日、原告を右暴言事犯による取調べのための独居拘禁に付し、同年一二月二日からは、右暴言事犯による軽屏禁二〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を執行した。
ただし、旭川刑務所長は、同月一三日、原告を治療に専念させるため、右懲罰の執行を停止し、平成九年二月一四日に原告を札幌刑務所に移送するまでの間、原告を病舎に収容し、休養処遇とした。
四 被告の主張に対する原告の認否
1 1 (旭川刑務所への収監)の事実は認める。
2(一) 2(平成元年八月七日から同月一五日まで)(一)の事実中、原告と田守が房内の中央付近から南側角にもつれ合うようにして移動したことは否認し、その余は認める。
(二) 2(二)の事実は否認する。
(三) 2(三)の事実は認める。ただし、独居拘禁の適法性については争う。
(四) 2(四)の事実中、田守が暴行するに至った原因が原告の不適当な言動にあったと認められたこと、保安課長が原告に対し、今後言動を慎むとともに反省を促す趣旨の訓戒をしたことは否認し、その余は認める。
3 3(平成元年八月一七日から同月二七日まで)の事実中、原告が平成元年八月一六日、他の在監者に対し私物品のタオルを不正に譲渡したことは否認し、その余は認める。この点に関する事実経過は、以下のとおりである。
原告が無期懲役囚のHに柄物のタオルを譲渡したのは、田守の暴行を受ける以前の第三工場内でである。差入れのない者に対する物品の援助は日常的であった。
原告が保護房から独居に移され、私物品を独居内へ入れてもらつた際、なぜかこのタオルが入っていた。私物品にはすべて番号を記すので、独居の担当官がこのタオルをHが出役している工場へ戻す処理をした。その結果、同月八日、吉沢工場監督から、田守からの暴行事犯について取調べを受けた際、そのタオルを示されて説教を受けた。
同月一〇日及び同月一四日に吉沢工場監督による取調べが延べ六回あったが、右工場監督が田守主張の動機(原告から組長を馬鹿にされた旨の主張)に沿う調書を一方的に作成し、原告に対し署名指印を強要したため、原告は、保護房拘禁とこの違法な取調べを弁護士に訴えると抗議し、現に同月一四日には、妻宛の私信の中で、三津橋弁護士の連絡を至急請う旨依頼した。
同月一五日に副嶋管理部長から第三工場に出役させるとの言渡しがあり、翌一六日、原告は第三工場に出役となった。
ところが、翌一七日朝には工場に出役できず、直ちに保安課取調室に連行され、吉沢工場監督から「このタオルを使用しているのは第三工場でおまえだけだ。Hにやったことは認めるな。この件で取調べで独居だ。」と告げられた。原告は、Hに危害が及ばないよう、全面的に自分の非を認めた。
4 4(平成元年八月二八日から九月二一日まで)の事実中、平成元年九月六日の処遇を除いて、原告が被告の主張どおりの処遇を受けたことは認め、その余は否認する。
(一) 原告が工場出役を拒否したとして取り扱われた際の経緯は、以下のとおりである。
原告は、平成元年八月一五日から同月一九日までの間に、副嶋管理部長、石川保安課長及び武田警備隊長のそれぞれから、原告を第三工場へ戻すことは既定の方針であると告げられた。
ところが、同月二八日朝、保安課に連行されて、タオルの件の懲罰執行が終了した旨の言渡しを受けた後、取調室に一時間以上も待たされたあげく、武田警備隊長から「第五工場へ出役させる。」と告げられた。原告が「本当ですか。どういうことですか。」と尋ねると、武田警備隊長は、「いや、俺もよく分からないんだ。ちょっと待てや。」と言って出ていった。代わりに梶区長が来て、「第五工場に間違いない。誰が第三工場に出すと言った?」と尋ねたので、原告は、副嶋管理部長、石川保安課長及び武田警備隊長の名前を出し、特に副嶋管理部長がこの事態を知っているので、確認してほしいと訴えると、独居へ戻された。
翌二九日、原告が管理部長面接願を出したところ、梶区長に呼び出されて、出役拒否として調書を取ると言われた。原告は、管理部長との面接で確認させてくれるよう強く訴え、調書作成を拒否すると、管理部長面接願の事情聴取の名目で石川保安課長に呼び出された。石川保安課長は、原告に対し、「原告の懲罰執行中に、第三工場には田守の関係者が出役してしまった。現場が変われば状況も変化する。これは管理部長一人の力で変えられるものではない。だから今回は辛抱しろ。」「第五工場を拒否したのは、約束が違うということではなく、対人関係を案じてだと述べておけ。例えば、第二工場の数名と対立関係にあると述べておくのがいい。そうしたら、第三工場へ戻れるよう現場で処置してやる。」「管理部長面接願は取り下げろ。」という趣旨のことを述べた。
翌三〇日に調書作成に来た武田警備隊長も、「管理部長を責めるな。」「恨むな、騙すつもりではなかった。」「どうして第五工場に変更したのか俺にも判らん。」と言いつつ、「必ず工場には出してやるので、懲罰審査会では文句を言わずに、反省している旨を述べていろ。」などと、石川保安課長と同趣旨のことを述べた。
この結果、原告は、石川保安課長及び武田警備隊長の助言に従った調書の作成に応じた。
(二) 平成八年九月六日の処遇の経緯は、以下のとおりである。
同日、原告は感冒にかかり熱が高かったため病舎に入ったが、その際、懲罰執行停止の言渡しはなかった。初めての病舎であったため、原告が担当の菅野看守に対し、布団に入って横になってもいいものか尋ねると、同看守から「おまえ、執行停止を受けたのか。聞いていないなら懲罰中だから、起きて座ってろ。」と言われた。その後も、原告は、同看守から「起きてろ、懲罰中のくせに。」と再三言われ、布団を整理して座っていなければならなかった。
翌七日午後、原告は、独居に戻されたが、その際、北浦区長から「話は聞いたけど、休んでいればよかったんだ。俺も執行停止を言うのを忘れていた。これから懲罰再開するからな。」と言われた。
以上のとおりであるから、休養処遇といっても懲罰と変わらず、懲罰の期間が事実上一日延長されたことと同じである。
5(一) 5(平成元年九月二二日から平成三年五月一九日まで)(一)の事実中、4の懲罰執行が平成元年九月二一日の経過をもって終了したことは認め、その余は否認する。懲罰執行期間中に舎房担当職員が生活指導をすることはない。また、原告が田守から暴行を受けた原因については、田守の言葉を鵜呑みにするものであり、事実に反する。
(二) 5(二)の事実は全て否認する。
(三)(1) 5(三)(1)の事実中、原告がその者の服役事件について他の在監者に言い触らしたことは否認し、その余は認める。原告が他の在監者から暴行を受けた際、八名の在監者を連行していた職員は一名であり、他の一名は階下で次の準備をしていた。右暴行事犯は連行監視体制の不備が原因であり、原告を独居拘禁に付して取り調べるなどということは、全くの筋違いである。
(2) 5(三)(2)の事実中、前段は否認し、後段は認める。
6 6(平成三年五月二〇日から六月四日まで)の事実中、原告が連行職員に対し暴言を吐いたことは否認し、被告主張の処分がされたことは認める。この事犯の経緯は、以下のとおりである。
平成三年五月二〇日、原告が戸外運動のため運動場に向かって連行されて早足で歩いていたところ、運動場前に立っていた某看守に「オイ、コラ、さっさと来い。」と罵声を浴びせられた。思わず背後を見た原告が「誰に言ったのですか。」と尋ねると、「ただ言っただけだ。」と言うので、「それはないでしょう。」と言うと、馬鹿にしたように「分かった。分かった。」と言い捨てた。不快感を味わった原告が独居に戻すように申し出たところ、右看守は自ら原告を房に連行した。房前にいた斉藤看守が「どうした。運動しないのか。」と尋ねるので、原告が「保安課に連絡して下さい。報告したいことがあるんです。」と申し出ると、某看守は、「いらねぇーこと言わなくていいから黙って入れ。保安課に連絡するのはこっちでするから報告なんていらねぇー。」と怒鳴った。
その後、保安課から呼出しがあり、袖野部長から「何が保安課に連絡すれだ、コノー。話があるだと。おまえら懲役の申出でいちいち動いてるわけなんかいかねぇんだ。何かオメー勘違いしてねぇか、オイ。」「運動職員のことを何だかんだ言ってるようだけど、そんなことで運動もやらないで戻って何になるのよ。ハイハイって黙って従っていればいいじゃないか、えー?」と散々怒鳴りまくられたあげく、「おまえが職員のことを言えば相手だって何か言ってくるんだし、それで懲罰になったらどうする。辛抱するところは辛抱したらどうだ。俺だって何でも取調べや懲罰にする気なんかないし、おまえが辛抱して頭下げるなら握ってもいいんだ。」と言われた。その後「だけどおまえも何か言ってないか。運動場か房へ戻ってから。」「何か捨てぜりふを口にしてないか。」と執拗に聞かれるので、「そのようなものは何もない。」と答えると、「『何言ってるんだ、この野郎。』と暴言を吐いたと担当が言っている。」と聞かされた。
翌日、原告が斉藤看守に対し、どうしてうその報告をするのかと尋ねると、斉藤看守は、「職員二人と受刑者一人では、どっちを信用するかな。」とせせら笑った。
7(一) 7(平成三年六月五日から平成八年一一月一九日まで)(一)の事実は否認する。
(二)(1) 7(二)(1)の事実は否認する。
(2) 7(二)(2)の事実中、原告が「職員から何かと嫌がらせをされ、何も信用できなくなった。私を目のかたきにしているようだ。」と述べたことは認め、その余は否認する。
(3) 7(二)(3)の事実は否認する。
(4) 7(二)(4)の事実は否認する。
(5) 7(二)(5)の事実は否認する。
(6) 7(二)(6)の事実中、原告が自己中心的な考えに固執していたことは否認し、その余は認める。
(7) 7(二)(7)の事実は否認する。この時、原告は、椎間板ヘルニアの話をし、凍傷になっている手足を見せた。これは、独居作業用の膝掛け毛布を剥奪された処遇によって、原告が右のような状態にあることを、処遇部長に伝えてほしいと訴えるためであった。また、原告は、分類統括に対し、「(田守と)同じ工場の方が周囲が騒がず、よいのではないか。」と答えた。
(8) 7(二)(8)の事実は否認する。この間の面接は、一分から三分程度の形式的で無内容なものであった。
(9) 7(二)(9)の事実は否認する。
(10) 7(二)(10)の事実は否認する。
(11) 7(二)(11)の事実は否認する。
(12) 7(二)(12)の事実は否認する。
(三) 7(三)の事実は否認する。
8 8(平成八年一一月二〇日から平成九年二月一四日まで)の事実は否認する。この件に関する詳細は、請求原因4(三)のとおりである。
五 抗弁(消滅時効)
本件独居拘禁中、平成元年八月七日から平成四年七月三一日までの昼夜独居拘禁(取調べのための独居拘禁及び懲罰執行のための独居拘禁を含む。)によって生じた損害については、三年の経過によって、損害賠償請求権の消滅時効が完成した。
被告は、本訴において、右時効を援用する。
六 抗弁に対する認否
本件独居拘禁は、継続的不法行為である。中間に懲罰が介在していたとしても、実態として厳正独居拘禁と変わらず、むしろそれよりも悪い処遇であるから、懲罰終了後に厳正独居拘禁が解除されない限り、継続的不法行為は継続していると解すべきである。
そして、継続的不法行為の場合、全部の行為が終了しなければ損害を確定できないから、原告が実態として厳正独居拘禁状態から解放されない限り、本件独居拘禁による損害賠償請求権の消滅時効は、その全部が進行しない。
したがって、右消滅時効の起算点は、平成九年二月一四日の本件独居拘禁終了時であるので、本件損害賠償請求権は、その全部について消滅時効が完成していない。
理由
一 当事者について
原告が、札幌地方裁判所において懲役九年の刑に処せられ、昭和六三年一〇月六日から平成九年二月一四日まで旭川刑務所に、同日から同年五月八日まで札幌刑務所に、それぞれ収監されていたこと、被告が、旭川刑務所を設置し、かつこれを管理運営しており、同刑務所に、その公権力の行使に当たる公務員として旭川刑務所長以下の職員を配置して、在監者に対する行刑処遇等の公務に従事させていることは、当事者間に争いがない。
二 本件独居拘禁の存在及び態様について
1 旭川刑務所長が、請求原因2(一)記載のとおり、平成元年八月七日から同月一五日までの間及び同月一七日から平成九年二月一四日までの間、原告を本件独居拘禁に付したことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、本件独居拘禁の態様について検討するに、後記の争いのない事実と後掲の各証拠によれば、以下の各事実を認めることができる。
(一) 工場に出役させず、独居房内で、箸袋に割箸を入れるなどの雑作業に従事させる(争いがない。)。
(二) 作業時には、姿勢や房内の位置が指定され、壁によりかかることや房内での運動は禁じられ、用便にも許可が必要である(<証拠略>)。
(三) 所内でのレクリエーションや教育行事には参加させない(争いがない。)。
昼夜とも、作業上の必要がある場合を除き、他の在監者と交流、会話をする機会はない(<証拠略>)。
(四) 戸外運動は、月・水・金の週三回で、一回につき四〇分間(実質は三七分間)、フェンスに囲まれた運動場で、他の在監者から分離されて一人で実施される。他の在監者が室内運動となる雨・吹雪・大雪等の時や免業日(休日)には、戸外運動は中止され、独居房内における房内体操となる(争いがない。)。
(五) 入浴、診察、理髪、接見連行及び教誨は、他の在監者から分離されて実施される(<証拠略>)。
三 本件独居拘禁の経緯について
1 後記の争いのない事実と後掲の各証拠によれば、以下の各事実を認めることができる。
(一) 平成元年八月七日まで
原告は、昭和六三年九月六日、札幌地方裁判所において強盗致傷罪により懲役九年の刑に処せられ(同月二一日確定)、同年一〇月六日、札幌刑務所から旭川刑務所に移送された(争いがない。)。
原告は、平成元年八月四日まで、入所時の独居拘禁等を除き雑居房において拘禁され、同日当時は、旭川刑務所第二舎一階第八房において、三人の受刑者と共に雑居拘禁に付されていた(争いがない。)。
平成元年八月四日午後四時四五分ころ、原告が、旭川刑務所第三工場での作業を終え、収容されていた雑居房に戻った後、両膝をついて前屈みになり両手で顔面を抱え込んでいたところ、田守が原告をその背後から二、三回足蹴りし、その後頭部を両手拳で殴打した。その結果、原告は、加療約二週間を要する口唇打撲、口内裂傷及び補綴物破損(義歯破損)の傷害を負った(争いがない。)。なお、田守は、昭和六一年五月二二日、釧路地方裁判所網走支部において、殺人等の罪で懲役一八年の刑の宣告を受け、旭川刑務所において受刑中の者である(<証拠略>)。
この騒ぎを認知した旭川刑務所職員は、田守を保護房に収容するとともに、原告にも金属手錠を施して保安課取調室に連行した。原告は、一方的被害者であると述べたが、保護房に収容され、右収容中、右手を前に左手を後ろにして革手錠で拘束され続け、食事の際も革手錠のままで、用便のためにパンツを脱がされズボンを股割れにされていた(争いがない。)。
原告は、旭川刑務所職員の右行為が違法であるとして、平成二年四月一六日、札幌地方裁判所に被告に対する国家賠償請求訴訟を提起した(平成二年(ワ)第五〇六号損害賠償請求事件)。札幌地方裁判所は、原告の右請求に対し、平成五年七月三〇日、金属手錠の使用は事態鎮静のためにやむを得なかったということができるものの、原告は一方的被害者であり、保護房拘禁の要件を欠くので、原告を保護房に拘禁した処分は違法であるとして、被告に慰謝料五〇万円の支払を命じる判決をし、右判決は、控訴されることなく確定した(争いがない。)。
また、田守は、原告に対する右暴行につき、傷害罪で起訴され、平成元年一一月一〇日、旭川地方裁判所において懲役八月の刑に処せられ、右判決は確定した(<証拠略>)。
(二) 平成元年八月七日から同月一六日まで
旭川刑務所長は、平成元年八月七日から同月一五日までの間、右(一)の田守の原告に対する暴行事犯の取調べのため、原告を独居拘禁に付した(争いがない。)。
右暴行事犯の動機について、田守は、「原告が田守の所属していた暴力団組織である一和会系加茂田組内花田組の組長であった花田を同衆の面前で見下した話を数回にわたって放言したのを辛抱して聞いていたが、同組長の命日に思い余って、原告に対する暴行に及んだものである。」旨供述し、他の在監者の中にも、田守の右供述に沿う供述をする者がいた(<証拠略>)。
右暴行事犯については、原告が田守に対して暴行を加えたとの事実は認められなかったため、旭川刑務所長は、原告に対しては懲罰を科さないこととして、同年八月一六日、原告を第三工場に出役させた(争いがない。)。
もっとも、田守が原告に暴行を加えた原因が原告の不適当な言動にあったとして、石川保安課長は、原告に対し、今後言動を慎むとともに反省を促す趣旨の訓戒をした(<証拠略>)。
(三) 平成元年八月一六日から同月二七日まで
私物品の授受は受刑者遵守事項に違反する行為であるところ、平成元年八月一六日、旭川刑務所第三工場の在監者が、原告の私物品のタオルを所持しているのを発見された(<証拠略>)。
そのため、旭川刑務所長は、同月一七日、右私物品不正授受事犯の取調べのため、原告を独居拘禁に付したところ、原告は、私物品のタオルを他の在監者に譲渡したことを認めた(争いがない)。
そこで、旭川刑務所長は、原告に対し、軽屏禁一〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科し、同月一八日から右懲罰を執行した(争いがない)。
なお、右取調べのための独居拘禁中の同月一七日、旭川刑務所の武田警備隊長が原告と面接し、田守の暴行によって受傷した歯の治療費を田守から受け取るよう勧めたが、原告はこれを拒絶した(<証拠略>)。
そのころ、旭川刑務所職員は、上司に対し、原告が同月一六日に第三工場に出役したところ、同工場の在監者から不満の声がかなりあがっている旨報告した(<証拠略>)。
旭川刑務所は、同月二五日、職員の右報告も考慮した上、原告を、右懲罰の執行終了後、第五工場に出役させることに決定した。なお、右決定は、副嶋管理部長が所長に代わって決裁したものである(<証拠略>)。
(四) 平成元年八月二八日から九月二一日まで
平成元年八月二八日、旭川刑務所の梶区長が、原告に対し、同刑務所保安課において、右(三)の懲罰の執行終了とともに、第五工場への出役を言い渡したところ、原告は、「第三工場以外の工場には出ません。他の工場に行くのだったら独居の方がいいです。」などと申し立て、第五工場への出役を拒否した(<証拠略>)。
そのため、旭川刑務所長は、同日から同月三一日までの間、右出役拒否事犯の取調べのため、原告を独居拘禁に付した(<証拠略>)。
旭川刑務所長は、取調べの結果、同年九月一日、右出役拒否事犯により、原告に対し軽屏禁二〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科すこととし、同日から同月二一日までの間、右懲罰を執行した(争いがない)。ただし、右懲罰執行期間中の同月六日、原告に感冒による三七度九分の発熱が認められたため、旭川刑務所長は、同日午後二時四五分から同月七日午後一時四〇分までの間、右懲罰の執行を停止し、原告を病舎に収容した上、休養処遇とした(<証拠略>)。
原告は、右懲罰期間中、旭川刑務所職員に対し、「田守は絶対に許せない。」「ほかの工場には田守のブレーンがいるので尾を引く。」などと述べたことがあった(<証拠略>)。
(五) 平成元年九月二二日から平成二年九月二六日まで
(1) 平成元年九月二二日、右(四)の原告に対する懲罰の執行終了に際し、旭川刑務所長は、懲罰期間中の原告の言動からは、原告は、田守から暴行を受けたことを根に持ち続けていると認められるし、また、原告の性格は、即行的易刺激的で、感情統制が極めて不良で、やくざ者としての自意識も強いと認められるから、このまま原告に工場出役を命じても、これを拒否したり、他の在監者と軋轢を引き起こしたりすることが十分に予測されるとして、現時点での共同生活は不適当であると判断し、右保安上の理由により、同日から原告を独居拘禁に付して観察指導することとした(<証拠略>)。
(2) 平成二年三月一五日、旭川刑務所の二宮分類課長が原告と面接したところ、原告は、「田守は絶対に許すことはできない。」「ここの職員は、私に対し、私的な恨みを持っている。とことん対抗してやる。」などと述べた。(<証拠略>)。
同月二〇日、旭川刑務所長は、原告の右言動及び原告の性格についての前記(1)の認識から、前記(1)同様、このまま原告に工場出役を命じても、これを拒否したり、他の在監者と軋轢を引き起こすことが十分に予測されるとして、現時点での集団処遇は不適当であると判断し、同月二二日から原告の独居拘禁の期間を更新して引き続き観察指導することとした(<証拠略>)。
(3) 平成二年六月一四日、旭川刑務所の二宮分類課長が原告と面接したところ、原告は、田守について、「絶対に許さない。俺の舎弟を使ってでも、けじめだけはつけたい。」、田守との対人調整について、「自分から調整するつもりは全くない。田守が上辺だけでなく、心の底から俺に対し謝るのであれば、調整に応じてもよいが、そうでない限りは、絶対に調整には応じない。」などと述べた(<証拠略>)。
同日、旭川刑務所長は、原告の右言動及び原告の性格についての前記(1)の認識から、前記(1)同様、このまま原告に工場出役を命じても、これを拒否したり、他の在監者と軋轢を引き起こすことが十分に予測されるとして、現時点での工場等における共同生活は不適当であると判断し、同月二二日から原告の独居拘禁の期間を更新して引き続き観察指導することとした(<証拠略>)。
(4) 平成二年七月一八日、原告を含めた在監者八名の戸外運動が終了し、連行職員二名が右在監者らをそれぞれの居房に戻すため、原告を居房前の廊下で待機させていたところ、原告に悪感情を持っている在監者が原告に殴りかかった(争いがない)。
そのため、旭川刑務所長は、同日から、原告を取調べのための独居拘禁に付した(争いがない。)。
原告に殴りかかった在監者は、その動機について、同人が服役するに至った事件のことを原告が他の在監者に言いふらし、それが広まったこと等について遺恨の念を抱いていたためと供述した。しかし、旭川刑務所長は、右在監者が供述する事実関係を立証することができず、また、右在監者が一方的に原告に暴行したものであること等を考慮して、原告を処分する理由はないと判断し、同月二五日、右取調べのための独居拘禁を解除した(争いがない。)。
しかし、右(3)で更新された保安上の理由による独居拘禁の期間中であったため、原告は引き続き独居拘禁に付された(争いがない)。
(5) 平成二年九月一四日、旭川刑務所職員は、原告から、訴訟用資料について本日中に下付されるかどうか調べてほしいとの申出を受けたので、保安課事務室に確認の上、当日中に間もなく下付される旨原告に告知したところ、原告が不満を述べ、これに対する右職員の指導に対し、威圧的な口調で「そんなこと言ってんじゃねえよ。」と暴言を吐いた旨、旭川刑務所長に報告した(<証拠略>)。
そのため、旭川刑務所長は、同日から、原告を取調べのための独居拘禁に付した(<証拠略>)。
旭川刑務所長は、原告が一貫して右職員に対して暴言を吐いた事実を否認し、また、原告の居房周辺に収容されていた在監者からも裏付けとなる供述を得られなかったため、原告を規律違反行為として処分するに足りる十分な証拠がないと判断し、同月二六日、右取調べのための独居拘禁を解除した(争いがない。)。
(六) 平成二年九月二六日から平成三年六月四日まで
(1) 平成二年九月二六日、右(五)(5)の取調べのための独居拘禁を解除するに際し、旭川刑務所長は、原告が田守から暴行を受けたことに遺恨の念を持ち続けており、また、右(五)(4)のように、工場出役中の原告の言動に不快の念を持っていたとして原告に暴行を加える在監者がいることを考慮して、このまま原告を工場に出役させた場合、けんか等の規律違反行為を引き起こすことが必至であると予測されると判断し、同日から原告を独居拘禁に付して経過観察をすることとした(<証拠略>)。
(2) 平成二年一二月一九日、旭川刑務所の二宮分類課長が原告に面接したところ、原告は、「田守から謝罪してくるのであれば、調整に応じてもいいが、そうでない限りは、自分からは謝罪するつもりはない。」などと述べた(<証拠略>)。
同月二〇日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、原告が田守との対人調整を拒否していて、集団生活の場において無事故で生活しようとする意思も窺えず、このような原告を工場に出役させた場合、原告が、田守と暴力団組織を同じくする在監者や、これらの者を取り巻く在監者から、危害を加えられるおそれが十分に認められるとして、現時点での工場出役は適当でないと判断し、同月二六日から原告の独居拘禁の期間を更新した(<証拠略>)。
(3) 平成三年三月一八日、旭川刑務所の二宮分類課長が原告に面接したところ、原告は、「工場出役は希望する。官が工場へ出なさいと言うのであれば、良い機会だと思いますので、出役したいと思います。」旨述べたが、他方において、「田守に対しては、以前に話したとおり、その気持ちに変わりはない。同人が心から謝罪するのであれば、許すことはできるが、自分から頭を下げるつもりはない。」旨述べ、また、所内の規則を守り、他の在監者と事故を起こさないで生活する旨誓約できるかという二宮分類課長の質問に対しては、「工場に出役し、事故を起こさないで生活したいとする気持ちはあるが、反面、田守との関係で、工場に出役した場合、同人以外の者から根掘り葉掘り詮索され、これがぶり返すことになることが考えられる。そうなれば、私も我慢はしていられなくなる。同人と対人調整ができていない以上、はっきりと誓約することはできない。」「はっきりとした形での誓約はできません。また、その自信もありません。」旨答えた(<証拠略>)。
同日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、原告には、集団の生活の場において無事故で生活しようとする意思が認められず、また、原告が田守や同人を取り巻く在監者から危害を加えられるおそれが十分に認められるとして、工場出役は適当でないと判断し、同月二六日から原告の独居拘禁の期間を更新した(<証拠略>)。
(4) 平成三年五月二〇日、旭川刑務所職員は、原告が、戸外運動場から戻った際、入房するよう指示した職員に対し、「何言ってんだ、この野郎。」と暴言を吐いた旨、旭川刑務所長に報告した(<証拠略>)。
そのため、旭川刑務所長は、同日、原告を取調べのための独居拘禁に付した(<証拠略>)。
原告は、右暴言を吐いた事実を否認したが、旭川刑務所長は、同月二九日、旭川刑務所職員の報告書等から、原告が右暴言を吐いたものと認定できるとし、原告を軽屏禁七日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰に付すこととし、同日から同年六月四日までの間、右懲罰を執行した(<証拠略>)。
(七) 平成三年六月五日から平成八年一一月一九日まで
(1) 平成三年五月三〇日、原告の懲罰執行終了に際し、旭川刑務所長は、原告は、わがままで自己中心的性格であり、集団生活の場において無事故で生活しようとする意思が認められず、また、田守及び同人を取り巻く在監者から危害を加えられるおそれが十分認められるとして、右保安上の理由により、同年六月五日から、原告を独居拘禁に付した(<証拠略>)。
(2) 平成三年八月二七日、旭川刑務所の武田分類課長が原告と面接したところ、原告は、田守について、「田守も刑が増えたことであり、特に考えてはいない。」「自分から(田守と)調整する気持ちもないし、どうこうする気もない。しかし、工場に出て回りの同衆からこのことについてあおられれば、自分としても黙っていることはできないと思う。」旨述べ、職員について、「私を目のかたきにし、ちょっとしたことでもかたきをとったように怒鳴ってくる。」旨述べた(<証拠略>)。
同月二九日、旭川刑務所長は、原告の右言動に照らせば、原告は、田守との調整を拒否し、田守に対する怨念を強く抱き続け、ことあれば田守に対し暴行等の手段で反抗する可能性を内在させていて、工場に出ても事故なく生活しようとする決意に欠けていると認められるばかりか、田守が原告に対する暴行のため懲役八月の刑に処せられた経緯に照らせば、原告が工場に出役した場合、田守を取り巻く在監者から暴行等の危害を加えられるおそれが十分予測されるとして、現時点での工場出役は不適当であると判断し、同年九月五日から原告の独居拘禁の期間を更新した(<証拠略>)。
(3) 平成三年一一月二六日、武田分類課長が原告と面接したところ、原告は、田守について、「田守から頭を下げてくるならば応じるが、自分から頭を下げていくつもりはない。自分から積極的に応じる気はない。田守にしても、私が工場に出ることは望んでいないと思う。」旨述べ、職員について、「職員から何かと嫌がらせをされ、何も信用できなくなった。下付等日常どんなことでも一言文句を言ってくる。私を目のかたきにしているように思う。」旨述べた(<証拠略>)。
同月二八日、旭川刑務所長は、原告の右言動に照らせば、原告は、田守との対人調整を拒否し、田守に対し強い遺恨の念を残していると認められ、また、田守が原告に対する暴行のため懲役八月の刑に処せられた経緯に照らせば、原告が工場へ出役した場合、田守を取り巻く在監者から報復のため暴行等の危害を加えられるおそれが十分認められるとして、田守との対人調整が終了していない現時点では工場出役は不適当であると判断し、同年一二月五日から原告の独居拘禁の期間を更新した(<証拠略>)。
(4) 平成四年二月二五日、武田分類課長が原告に面接したところ、原告は、「田守と調整する意思はない。工場に出たい気持ちはあるが、私も田守も今更後には引けないだろうし、互いにつっぱり合っており、工場に出れば、田守やその仲間と喧嘩になることは十分承知している。また、私が訴訟をやっているからか、職員に目のかたきにされ、ささいなことで嫌がらせを受ける。」旨述べた(<証拠略>)。
同月二七日、旭川刑務所長は、原告の右言動に照らせば、原告は、田守との対人調整を拒否し、田守に対し強い遺恨の念を残していると認められ、また、田守が原告に対する暴行のため懲役八月の刑に処せられた経緯に照らせば、原告が工場へ出役した場合、田守及び同人を取り巻く在監者から報復のため暴行等の危害を加えられるおそれが十分認められるとして、身体の安全確保等の見地から、現時点における工場出役は不適当であると判断し、同年三月五日から原告の独居拘禁の期間を更新した(<証拠略>)。
(5) 平成四年六月二日、旭川刑務所の岡村分類課長が原告に面接したところ、原告は、「工場に出役したい気持ちに変わりはない。殴りかかってきた田守が、刑の増えたことに不満を持っているのは十分承知している。」「もし自分が工場に出た場合、話が食い違うなどして田守は引っ込みがつかなくなるはずである。こっちから頭を下げて対人調整をしてもらう考えは毛頭ない。また、刑務所を相手に訴訟を起こしているので、一部の職員から私的感情により圧力や弾圧を加えられている。」旨述べた(<証拠略>)。
同月四日、旭川刑務所長は、原告の右言動に照らせば、原告は、田守に対し遺恨の念を強く抱き続け、対人調整を拒んでいると認められ、また、田守が原告に対する暴行のため懲役八月の刑に処せられた経緯に照らせば、原告が工場に出役した場合、田守及び同人と親交のある暴力団関係者から報復のため暴行等の危害を加えられるおそれが十分に認められるとして、このような状況にある原告を集団処遇に付せば、対人トラブルを招くことが必至であり、本人の身体の安全を確保する意味からも、現時点においての集団処遇は不適当であると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新した(<証拠略>)。
(6) 平成四年九月一日、岡村分類課長が原告に面接したところ、原告は、「進級するためにも工場に出役したい。こちらから田守に対して進んで頭を下げるつもりはないが、田守から申入れがあるならばそれなりに対応する心構えはある。相手は懲罰を重ねて受けたにもかかわらず工場に出役しているのに、自分は被害者であるにもかかわらず工場に出役させてもらえないのは、官が差別しているからである。訴訟をしていることで、職員の一部から私的に嫌がらせを受けているような感じがする。」旨述べた(<証拠略>)。
同月三日、旭川刑務所長は、原告の右言動に照らせば、原告は、田守に対し遺恨の念を強く抱き続けていると認められ、また、田守が原告に対する暴行のため懲役八月の刑に処せられた経緯に照らせば、原告が工場に出役した場合、田守及び同人と親交のある暴力団関係者らから報復として暴行等の危害を加えられるおそれが十分に認められ、対人トラブル等を招くことが必至であるとして、本人の身体の安全を確保する意味からも、未だ集団処遇に付すことは不適当であると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新した(<証拠略>)。
(7) 平成四年一二月二日、岡村分類課長が原告に面接したところ、原告は、「工場に出役したい気持ちに変わりはない。田守に対して進んで頭を下げるつもりはないが、もう感情的には何もないつもりである。相手を工場に出役させ、被害者である自分を工場に出役させないのは、差別しているとしか思えない。官を相手に訴訟をしているため、一部の職員から嫌がらせをされていると感じている。」旨述べた(<証拠略>)。
同月三日、旭川刑務所長は、原告の右言動に照らせば、原告が田守に対し遺恨の念を強く抱き続けている状況に変化はないと認められ、また、田守が原告に対する暴行のため懲役八月の刑に処せられた経緯に照らせば、原告が工場に出役した場合、田守及び同人と親交のある暴力団関係者から報復として暴行等の危害を加えられるおそれが十分に認められ、対人トラブル等を招くことが必至であるとして、本人の身体の安全を確保する意味からも、未だ集団処遇に付すことは不適当であると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新した(<証拠略>)。
(8) 平成五年二月二四日、岡村分類課長が原告に面接したところ、原告は、「早く工場に出役したい。殴られた相手の田守に対して、こっちから頭を下げるつもりはないが、時間も経ったし、感情的には落ち着いているつもりである。相手は工場に出て、被害者である自分を工場に出役させないのはおかしい。官を相手に訴訟をしているので出役させてくれないのであろう。」旨述べた(<証拠略>)。
同年三月四日、旭川刑務所長は、原告の右言動に照らせば、原告が田守に対し遺恨の念を強く抱き続けている状態に変化はないと認められ、また、田守が原告に対する暴行のため懲役八月の刑に処せられた経緯に照らせば、原告を工場に出役させた場合、田守及び同人と親交のある暴力団関係者から報復として暴行等の危害を加えられるおそれが十分に認められ、対人トラブル等を招くことが必至であるとして、本人の身体の安全を確保する意味から、未だ集団処遇に付すことは不適当であると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新した(<証拠略>)。
(9) 平成五年六月二日、旭川刑務所の山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「仮釈放をもらうためにも早く出役したい。平成元年に田守に殴られた件については、今は相手に対して特に悪感情は持っていない。しかし、田守が出役して被害者である自分が出役しないのは、おかしい。出役させてくれないのは、国を相手に訴訟を起こしているからであろう。」旨述べた(<証拠略>)。
同月三日、旭川刑務所長は、原告の右言動に照らせば、原告が田守に対し遺恨の念を強く抱き続けている状態に変化はないと認められ、また、田守が原告に対する暴行のため懲役八月の刑に処せられた経緯に照らせば、原告を出役させた場合、田守及び同人と親交のある者から報復を受け、争いとなることが十分予想されるとして、現時点においても集団処遇に付すことは不適当であると判断し、同月五日から原告の独居拘禁期間を更新した(<証拠略>)。
(10) 平成五年八月三〇日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「訴訟中の事件がやっと終結し、安心した。独房になってから出役を希望していたが、出役できないのは、訴訟のことがあるからとあきらめていた。しかし、訴訟も終わったので、これからは出役できるようお願いしていこうと思っている。自分は毎日家族のことを考えて一生懸命作業等に取り組んでいる。」旨述べた(<証拠略>)。
同年九月二日、旭川刑務所長は、原告が工場に出役したい希望を述べていることを考慮しても、田守に対する遺恨の念がなくなったとは認め難く、また、田守の方も、原告に対する暴行のため懲役八月の刑に処せられたことから、原告に対し悪感情を持っていると認められるとして、原告を出役させた場合、原告と田守等の間に争いが起きることが十分予測されると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して経過観察及び生活指導を行うこととした(<証拠略>)。
(11) 平成五年一一月三〇日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「訴訟も終わり、今は、自分なりに房内就業に頑張って取り組んでいる。しかし、寒くなると、持病の椎間板ヘルニアが影響して余り能率は上がっていない。工場出役については、訴訟のことがあるので、役所の方では出役させないであろう。」旨述べた(<証拠略>)。
同年一二月二日、旭川刑務所長は、訴訟が終結したので、集団処遇も検討していかなければならないが、原告は、不平不満や被害感情を内在させていて、時には見栄を張り他に訴えやすい性格であることを考慮すると、原告を集団処遇とした場合、他の在監者に悪影響を及ぼすおそれがあると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して生活指導及び経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(12) 平成六年二月二三日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「出役しないと三級に進級できず、手紙等の発信が増やせないので、工場はどこでもよいから出役したい。しかし、持病の椎間板ヘルニアの具合が悪いので、出役する工場は限られると思う。また、以前、第三工場で田守から暴行を受けたことがあるので、彼とは一緒に生活したくない。」旨述べた(<証拠略>)。
同年三月三日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、原告は依然として田守に対して遺恨の念を抱いていることが認められ、やくざとしての自意識が強く、攻撃的な行動をとりやすい性格特徴を有していることも考え併せると、工場に出役させ集団生活をさせた場合、田守及び同人と親交のある者達との間で、争いが起きることが十分予想されると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して生活指導及び経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(13) 平成六年五月三一日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「最近は、処遇等に対してあまり不満を抱かなくなった。弁護士との書信の発受等も行っていない。満期まであと三年以下となったので、出役しないでこのまま独居の生活でもよいと思うようになった。しかし、三級にだけは進級したい。」旨述べた(<証拠略>)。
同年六月二日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、出役することに消極的になってきていることが認められるほか、原告と田守は、現在においても、互いに悪感情を抱いていると認められるし、また、原告の自己中心的で不平不満を訴えやすい性格的特徴も考え併せると、原告を出役させた場合、他の在監者に悪影響を及ぼすことも考えられると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して生活指導及び経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(14) 平成六年八月二三日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「自分は現在、狭心症、椎間板ヘルニア、アレルギー性皮膚炎で投薬を受けている。工場への出役については、できれば出役したいと考えているが、出役できない場合でも、三級に進級して手紙の発信が増えたり、仮釈放が望めるような差別のない処遇を願いたい。」と述べた(<証拠略>)。
同年九月一日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、出役の意思は認められるものの、身体の不調を訴えるなどの消極的な様子も認められ、また、相変わらず処遇に対する不満を訴え、自己中心的な傾向が強く認められるとして、このような原告を出役させた場合、まじめに受刑生活を送っている他の在監者に悪影響を及ぼすことが十分予想されると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して生活指導及び経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(15) 平成六年一一月二二日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「工場出役については、満期まであと二年半となったし、仮釈放も望めないので、このまま独居でよいと思っている。しかし、手紙等の発信が増やせるよう、せめて三級にだけは進級させてほしい。以前に暴行を受けた田守に対しては、悪感情がなくなったとはいえない。」旨述べた(<証拠略>)。
同年一二月一日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、出役意思が認められないばかりか、依然として田守に対する遺恨の念を抱き続けているものと認められ、原告を工場に出役させた場合、田守に報復したり、田守及び同人と親交のある暴力団関係者から暴行等の報復を受けるおそれが十分認められるとして、集団処遇は不適当であると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(16) 平成七年二月二三日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「満期まであと二年少々となったので、このまま独居の生活でよいと思っているが、娘等から手紙がよく来るので、発信の回数が増やせる三級に進級させてほしい。」旨述べた(<証拠略>)。
同年三月二日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、出役意思が認められないばかりか、以前から繰り返し表白してきた田守に対する遺恨の念が、現時点までに消失したとは認められず、原告を工場に出役させた場合、田守に報復するおそれが予測されるし、また、田守も原告に悪感情を抱いていることから、田守及び同人と友誼関係にある暴力団関係者が原告に対し暴行等の報復をするおそれも十分予測されるとして、集団処遇は不適当であると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して生活指導及び経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(17) 平成七年五月二四日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「暖かくなってきたので、腰痛はなくなってきた。出役については、現在の房内作業でもよいと考えているが、出役させてくれるのなら、洗濯工場あたりに出てもよい。」旨述べた(<証拠略>)。
同年六月一日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、出役に消極的なところが窺われるばかりか、以前から繰り返し表白してきた田守に対する遺恨の念が、現時点までに消失したとは認められず、原告を工場に出役させた場合、田守に報復するおそれが予測されるし、また、田守も原告に悪感情を抱いていることから、田守及び同人と友誼関係にある暴力団関係者が原告に対し暴行等の報復をするおそれも十分予測されるとして、集団処遇は不適当であると判断し、同月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して生活指導及び経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(18) 平成七年八月二八日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「持病の椎間板ヘルニアの状況は、相変わらずあまり良くない。工場出役については、房内就業でもよいが、出役するとしても、ヘルニアがあるので、洗濯工場ぐらいしかないのではないかと思う。」旨述べた(<証拠略>)。
同月三一日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、出役に消極的なところが窺われるばかりか、以前から繰り返し表白してきた田守に対する遺恨の念が、現時点までに消失したとは認められず、刺激に対して即行的に反応するなど感情統制が極めて不良な性格もそのままであって、原告を工場に出役させた場合、田守に対し報復するおそれが予測されるし、また、田守も刑が増えて原告に悪感情を抱いていることから、田守及び同人と友誼関係にある暴力団関係者が原告に対し報復をするおそれも十分予測されるとして、集団処遇は不適当であると判断し、同年九月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して生活指導及び経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(19) 平成七年一一月二四日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「現在、田守に対する反感は残っていない。仮に同人と同じ工場等で一緒になったとしても、協調してやっていく覚悟はある。」旨述べる一方で、「(田守から暴行等を受けたことについての)非は、一方的に田守にある。」「ヘルニアの持病があるので、軽作業の洗濯工場に就業したい。」と述べた(<証拠略>)。
同月三〇日、旭川刑務所長は、原告は、非は一方的に田守にあるとしていて、田守に対する遺恨の念が認められるし、感情統制が極めて不良で刺激を受けると即行的に反応するという原告の性格特徴を考え併せると、原告を工場に出役させた場合、田守に報復するおそれが予測されるばかりか、田守と同じ暴力団組織に所属していた者等から報復を受けるおそれも十分予測されるとして、原告の身体の保護のために、集団処遇は不適当であると判断し、同年一二月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(20) 平成八年二月二三日、旭川刑務所の主任矯正処遇官(工場担当)が田守と面接したところ、田守は、原告について、「仮に奴が工場に出たとしても、嘘で固めたようなことを言ったら、黙ってはいられませんよ。」「私が我慢しても、ほかの奴らが黙っていません。奴の性格で、工場で無事に過ごせるとは思えません。」と述べた(<証拠略>)。
(21) 平成八年二月二八日、山岡分類統括が原告に面接したところ、原告は、「ヘルニアの持病があり、身体の調子があまり良くないので、軽作業しかできないのではと思っている。」「(田守から)一方的に暴行を受けたので、非は田守にある。」「(田守と一緒に生活することになった場合、問題なく生活していけるかどうかは)実際に生活してみなければ分からない。」旨述べた(<証拠略>)。
同月二九日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、工場出役の意欲が認められるものの、自己の処遇緩和を図って苦情申立てを反復している現在の状況や、虚言を弄して自己主張を通そうとする行動パターン、田守の原告に対する悪感情等、原告や周囲の状況を総合的に判断すると、集団処遇は不適当であるとし、同年三月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(22) 平成八年五月二九日、旭川刑務所の道見分類統括が原告に面接したところ、原告は、工場出役について、「出たいとは思っているが、同衆が私をすんなり受け入れてくれるかどうか(分からない)。」旨述べ、田守と顔を合わせるなどの場面が出てくると思うが、問題なく生活できるかとの質問に対し、「何とかやれると思うが、その場になってみないと分からない。」旨述べた(<証拠略>)。
同月三〇日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、工場出役等の意思は認められるものの、集団生活をした場合における他の在監者特に田守との対人関係について不安を感じていることが認められるほか、これまでの長期間に及ぶ原告の意に添わない事柄に対する事実の誇張や歪曲、自己主張の正当化、執拗に不平不満の言動を繰り返す独善的な性格、更には、田守の原告に対する悪感情等を考え併せると、原告を集団の中で処遇すれば、更生のため真面目に受刑生活に取り組んでいる他の在監者に与える悪影響は図り知れず、また、自己主張の強い原告と他の在監者との間でトラブルが発生することが十分に予測されるとして、集団処遇は不適当であると判断し、同年六月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(23) 平成八年八月二六日、道見分類統括が原告に面接したところ、原告は、「工場に出してくれるなら出役したい。できることなら仮釈がほしく、早く家族の許に帰りたい。」「私の方はわだかまりはないが、トラブルの同衆がどう思っているか、また、他の同衆がどのような感情を持っているかは、分からない。」「官が、私の健康状態や集団生活でいろいろなトラブルに巻き込まれること等を考えて、出役することが不適当と判断するなら、それでもよいと思っている。」「現在、訴訟をやっているのは、これまで官がありもしないことをでっち上げ、色々な嫌がらせをしてきたからですよ。」などと述べた(<証拠略>)。
同月二八日、旭川刑務所長は、原告の右言動からは、原告が出役及び集団生活をすることに対し潜在的な不安を持ち、刑務所側が処遇上の配慮をしていることを肯定的に受け止めていると認められるほか、原告の刑務所側に対する反発心は、依然として変わらない状態であると認められるとし、自己顕示欲が顕著で誇張した表現を好み攻撃性の強い原告の性格も考え併せると、このような原告を集団の中で処遇すれば、原告が集団内で自己主張したり、他の在監者が原告に対して不快な感情を示すおそれが強く、原告と他の在監者との間でトラブルが発生することが十分に予測されるとして、集団内での処遇は不適当であると判断し、同年九月五日から原告の独居拘禁の期間を更新して生活指導及び経過観察を行うこととした(<証拠略>)。
(八) 平成八年一一月二〇日から平成九年二月一四日まで
(1) 平成八年一一月二〇日、旭川刑務所職員は、居房で作業中の原告に対し、同房の錠前検査をするが、作業は続けていてよい旨告知すると、原告が「何でそんなこと言うの。見たわけでもないのに。」と述べたため、「検査をするので作業を続けなさい。」と指示したところ、原告が、「いちいちそんなこと言わなくてもいいじゃないか。」「ばかなこと言うな。」と暴言を吐いた旨、旭川刑務所長に報告した(<証拠略>)。
そのため、旭川刑務所長は、同日から、原告を取調べのための独居拘禁に付した(<証拠略>)。
原告は、暴言の事実を否認したが、旭川刑務所長は、同年一二月二日、職員の報告書や供述調書等から、原告が右暴言を吐き、職員の指示に抗弁したものと認定し、原告に対し、軽屏禁二〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科し、同日からその執行を開始した(<証拠略>)。
(2) 右懲罰の執行中である同年一二月一三日、旭川刑務所長は、原告は腰痛症のため休養加療が必要であり、懲罰執行に耐えないと認め、右懲罰の執行を停止した(<証拠略>)。
同日、旭川刑務所職員は、原告を休養処遇に付すため、病舎第四房に転房させようとしたが、原告が同房に入房することを拒絶した旨、旭川刑務所長に報告した(<証拠略>)。
そのため、旭川刑務所長は、同日から、右抗命事犯の取調べのため、原告を休養処遇のまま独居拘禁に付した(<証拠略>)が、右(1)の懲罰の執行が未了であったため、その執行終了後に右抗命事犯について懲罰審査会に付すこととし、同月一八日、右取調べのための独居拘禁を中断した(<証拠略>)上で、原告を治療に専念させるため、休養処遇とし、独居拘禁を続けた(争いがない。)。
(3) 旭川刑務所長は、平成九年一月二七日、原告の体調不良が続いていたため、医療センターのある刑務所への移送を札幌矯正管区長に申請したところ、同年二月七日、札幌矯正管区長から、分類級変更(医療上)による移送認可と札幌刑務所への移送指示を受けたので、同月一四日、原告を札幌刑務所に移送した(<証拠略>)。
2(一) なお、前記1(二)認定の事実(田守の原告に対する暴行の動機等)に関し、原告はその本人尋問において、「田守の組長であった花田について見下した話をしたことはない。田守が原告に暴行を加えたのは、原告が居房内で好き勝手な行動をしていた田守を諫めたことを逆恨みしたものと思う。」旨供述する。
しかし、旭川刑務所の取調べに対し、田守は一貫して、原告が花田を見下す話をしていたことに腹を据えかね、花田の命日である八月四日に原告に対して暴行に及んだ旨の供述をしているところ(<証拠略>)、前記1(一)のとおり、田守の原告に対する暴行の態様は、執拗であり、田守が原告に対し相当な恨みを抱いていたことを窺わせるものであって、田守の供述する動機の方が説得的であることに加え、当時同刑務所に在監していた複数の者も、「原告は、田守の組長であった花田について、かなり馬鹿にしているような話し方をしていた。」「田守は、工場でつまらないことを言いやがってというようなことを言って、原告に詰め寄り、いきなり原告を殴りつけた。」「田守は、原告に対し暴行を加える直前、親父がどうのこうのと言っていた。」などと、田守の右供述に沿う供述をしていること(<証拠略>)に照らすと、原告の前記供述は採用することができず、田守の暴行の動機は、田守の右供述のとおり、原告が花田を見下すような発言をしたことにあると認めるのが相当である。
(二) また、前記1(三)認定の事実(私物品の不正授受)に関し、原告はその本人尋問において、「原告が他の在監者に私物品のタオルを譲渡した件は、平成元年八月六日ころに刑務所職員に発見され、同月八日に職員から説教を受けて、一旦決着していたにもかかわらず、同月一七日に蒸し返されたものである。」旨供述し、原告の陳述書である<証拠略>にも同旨の記載がある。
しかし、原告の右供述及び<証拠略>の記載には、客観的な裏付けがない上、本件全証拠によっても、平成元年八月の時点において、旭川刑務所職員が、一旦は説教で決着した事犯を蒸し返し、新たに問題にしなければならなかったような合理的な理由を見出すことができないから、原告の右供述及び<証拠略>の記載は、採用することができない。
(三) 更に、前記1(五)(5)、(六)(4)及び(八)(1)認定の事実(刑務所職員に対する暴言等)に関し、原告はその本人尋問において、「各暴言事犯及び抗弁事犯は、いずれも旭川刑務所職員が虚偽の報告や供述をしたものであり、原告はそのような暴言を吐いたり、抗弁したことはない。」旨供述し、<証拠略>にも同旨の記載がある。
しかし、原告の供述及び<証拠略>の記載には、右(一)及び(二)のとおり採用することができない部分があるのに対し、右各事犯に関する旭川刑務所職員の報告書(<証拠略>)には、特段不自然な点が認められないことに鑑みると、原告の右供述及び<証拠略>の記載は、採用することができない。
(四) 右以外にも、原告の供述及び<証拠略>の記載には、前記1の認定に反する部分があるが、これらについても、客観的な裏付けがなく、右認定の根拠として示した前掲各証拠に照らし、採用することができない。
四 原告が間接事実として主張する違法処遇について
1 学習妨害について
旭川刑務所では、受刑者の出所後の社会復帰のために受刑者に学習が許されていて、そのために、許可を得れば学習本及び教材の所持使用ができたこと、原告も、学習本のほか、教材として電卓、三角定規、コンパス及び分度器の使用許可を得ていたこと、平成七年一〇月一日ころ、原告の学習本の所持冊数が七冊に変更され、それまで学習本として所持が許されていた本が娯楽本扱いになると同時に、電卓、三角定規、コンパス及び分度器の使用許可が取り消されたことは、当事者間に争いがない。
しかしながら、<証拠略>によれば、旭川刑務所では、学習本や教材の所持使用の制度が個人学習という本来の目的に照らし適正に運用されていない実状にあったことから、平成七年一〇月一日、全受刑者を対象として、学習本は専門書又はそれに準じるもの七冊以内とし、教材は科目内容によって必要と認められるものとするように取扱基準が変更されたこと、原告に対する取扱いの変更も、右新基準に従ったものであったことが認められるのであって、旭川刑務所職員が原告について恣意的な取扱いをしたと認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告に対する学習本及び教材の取扱いの変更が違法な処遇であるとする原告の主張は、採用することができない。
2 食事に関する差別処遇について
旭川刑務所では、平成七年、在監者に給与される主食の熱量が変更され、原告には主食としてC食が給与されるようになったことは、当事者間に争いがない。
しかしながら、<証拠略>によれば、右の主食段階の変更は、全国的な基準変更に基づくものであったことが認められるところ、原告にC食を給与する決定が、旭川刑務所側の恣意的判断に基づくもので、C食の内容が、原告の必要最小限度の生存を脅かす栄養価しか含まないものであったことについては、これを認めるに足りる証拠がない。
また、原告はその本人尋問において、「原告に対する配食が恣意的に減量されたり、配食に異物が混入されたことがあった。」旨供述するが、原告の右供述には、客観的な裏付けがない上、主任矯正処遇官(舎房担当)の視察表(<証拠略>)には、配食にあたっては、在監者に均等に副食が割り当てられるよう毎食検査している旨の記載があることに鑑みると、原告の右供述は採用するのが困難であるし、仮に採用することができたとしても、旭川刑務所職員がこれを指示したり容認していたと認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告が旭川刑務所職員から、食事に関して違法な差別処遇を受けたとする原告の主張は、採用することができない。
3 訴訟妨害について
原告が旭川刑務所職員に対し暴言を吐きその指示に抗弁したとして、平成八年一二月二日、同刑務所長が原告に軽屏禁の懲罰を科し執行した経緯は、前記三1(八)で認定したとおりであるが、右懲罰の執行中、原告が本件訴訟活動のため物品の使用願を提出したところ、同刑務所職員から疎明書を提出するよう指示を受けたので、疎明書を提出したことは、当事者間に争いがない。また、<証拠略>によれば、原告は、同刑務所職員の要請により、本件訴訟活動のための認書願を提出したことが認められる。
しかしながら、旭川刑務所職員による右疎明書等の提出要請が、原告の本件訴訟活動を妨害する意図の下にされたと認めるに足りる的確な証拠はなく、また、旭川刑務所において、原告の本件訴訟活動を妨害するため、原告の右各出願についての決裁を意図的に遅らせたと認め得る証拠もない。
したがって、原告に対する違法な訴訟妨害があったとする原告の主張は、採用することができない。
4 医療措置の不作為等について
(一) <証拠略>によれば、原告の体重は、昭和六三年三月一九日の札幌拘置支所入所時には八二キログラム、同年一〇月七日の旭川刑務所入所時には七三・五キログラムあり(身長は一七八・三センチメートル)、以後殆ど変化はなかったが、平成五年三月五日には六八キログラム、平成七年九月八日には六五キログラム、同年一二月二三日には六二・五キログラム、平成八年三月二七日には六一・五キログラム、同年六月七日には五八キログラム、同年九月一三日には五六キログラム、同年九月一八日には五五キログラム、同月三〇日には五八キログラム、同年一〇月七日には五七・五キログラム、同月二二日には五九キログラム、同年一一月二一日には五九キログラム、同年一二月二日には六〇キログラム、同月一三日には五八キログラムとなったことが認められるが、他方、<証拠略>によれば、旭川刑務所では、原告の体重減少の原因を明らかにするため、平成八年三月以降、生化学検査、胃内視鏡検査及び便潜血検査をしたり、同年四月及び同年八月には、各約一か月間の原告の喫食状況の記録調査をしたり、同年九月三日には、外部の医師による腹部CT検査及び大腸ファイバー検査をしたほか、同年九月二四日からは、原告の食事をA食に増食したり、必要に応じてブドウ糖液を点滴したりするなどの措置を講じ、更に、同年一二月一三日には、腰痛症の治療のために懲罰の執行を停止して原告を休養処遇に付したことが認められるから、旭川刑務所側において原告の医療措置についての違法な不作為があったということはできない。
(二) 平成八年一二月一三日に原告を休養処遇に付した際、原告を一時的に病舎第七房に収容した後、カメラの設置されている病舎第四房に収容したことは、当事者間に争いがないが、右収容が、原告に対する虐待の意図の下に行われたと認めるに足りる証拠はない。
(三) <証拠略>によれば、平成八年一二月一七日、旭川刑務所職員が原告の抗命事犯について取調べを行ったことが認められるが、右取調べは、原告が旭川刑務所職員の指示に従わなかった事犯の取調べであり、その必要性は認められるものであって、右取調べが、原告に対する虐待の意図の下に行われたと認めるに足りる証拠はない。
(四) 前記三1(八)(3)のとおり、原告は、平成九年二月一四日、旭川刑務所から札幌刑務所に移送されたが、これは、原告の体調不良が続いていたため、医療センターのある刑務所に移送したものであって、右移送が、本件訴訟における原告本人の所在尋問や旭川刑務所の検証の採用を妨害する意図の下に行われたと認めるに足りる証拠はない。
(五) 以上のとおりであるから、原告に対する医療措置について違法な不作為等があったとする原告の主張は、採用することができない。
五 本件独居拘禁の違法性について
1 そこで、以上認定の事実を前提として、本件独居拘禁の違法性の有無について検討する。
本件独居拘禁のうち、(一) 平成元年八月七日から同月一五日まで、同月一七日、同月二八日から同月三一日まで、平成二年七月一八日から同月二五日まで、同年九月一四日から同月二六日まで、平成三年五月二〇日から同月二八日まで、平成八年一一月二〇日から同年一二月一日まで及び同月一三日から同月一八日までは、いずれも懲罰事犯取調べのための独居拘禁であり(ただし、平成八年一二月一三日から同月一八日までは、治療のための休養処遇のままであった。)、(二) 平成元年八月一八日から同月二七日まで、同年九月一日から同月二一日まで(ただし、同月六日から七日にかけて感冒のため執行停止、以下同じ。)、平成三年五月二九日から同年六月四日まで、平成八年一二月二日から同月一二日までは、いずれも軽屏禁の懲罰執行のための独居拘禁であり、(三) 平成元年九月二二日から平成二年七月一七日まで、同月二六日から同年九月一三日まで、同月二七日から平成三年五月一九日まで、同年六月五日から平成八年一一月一九日までは、いずれも保安上の理由による独居拘禁であり、(四) 平成八年一二月一八日から平成九年二月一四日までは、休養処遇としての独居拘禁であった。
そこで、以下、本件独居拘禁を、(一) 取調べのための独居拘禁、(二) 懲罰執行のための独居拘禁、(三) 保安上の理由による独居拘禁、(四) 休養処遇としての独居拘禁に分け、順次その違法性について検討する。
2 取調べのための独居拘禁について
(一) 監獄法施行規則一五八条は、「懲罰事犯ニ付キ取調中ノ者ハ之ヲ独居拘禁ニ付シ又ハ夜間独居監房ニ拘禁ス可シ」と規定する一方、監獄法一五条は、「在監者ハ心身ノ状況ニ因リ不適当ト認ムルモノヲ除ク外之ヲ独居拘禁ニ付スルコトヲ得」と、監獄法施行規則二六条は、「在監者ノ精神又ハ身体ニ害アリト認ムルトキハ在監者ヲ独居拘禁ニ付スルコトヲ得ス」とそれぞれ規定する。
右の監獄法及び監獄法施行規則の規定に鑑みれば、刑務所長は、懲罰事犯が発生したとの蓋然性を認めた場合、取調べを行うべき在監者につき、精神又は身体の健康を害するおそれが認められない限り、その者を独居拘禁に付すことができると解される。
(二) 本件においては、(1) 平成元年八月七日から同月一五日までは、田守による原告への暴行事犯の取調べのため、(2) 平成元年八月一七日は、原告による私物品不正授受事犯の取調べのため、(3) 平成元年八月二八日から同月三一日までは、原告による出役拒否事犯の取調べのため、(4) 平成二年七月一八日から同月二五日までは、在監者による原告への暴行事犯の取調べのため、(5) 平成二年九月一四日から同月二六日までは、原告による暴言事犯の取調べのため、(6) 平成三年五月二〇日から同月二八日までは、原告による暴言事犯の取調べのため、(7) 平成八年一一月二〇日から同年一二月一日までは、原告による暴言事犯の取調べのため、(8) 平成八年一二月一三日から同月一八日までは、原告による抗命事犯の取調べのため、それぞれされた独居拘禁であるところ、いずれも懲罰事犯の発生が明らかであるか、刑務所職員の報告により懲罰事犯の発生の蓋然性が十分に認められるものである。なお、原告は、右(2)の事犯は一旦決着した事犯を蒸し返したものであり、右(5)ないし(7)の各事犯はいずれも旭川刑務所職員の虚偽の報告によるものである旨主張するが、右主張事実が認められないことは、前記三2(二)及び(三)判示のとおりである。
そして、右(1)及び(4)の各事犯については、いずれも原告は暴行の被害者であるが、暴行の具体的態様を明らかにし、その背景や原因を究明するためには、被害者である原告も取り調べる必要があるし、その余の事犯については、いずれも原告が懲罰の対象者となり得る事犯であって、原告を取り調べる必要があることは明らかである。
また、原告を右(1)ないし(8)の各事犯の取調べのため各独居拘禁に付した際、これによって原告の精神又は身体の健康を害するおそれがあったと認めるに足りる証拠はなく、特に、右(8)の独居拘禁については、休養処遇のまま取調べのための独居拘禁に付したものであって、これによって原告の精神又は身体の健康を害するおそれがあったとは考え難い。
右のとおりであるから、本件独居拘禁のうち取調べのための独居拘禁については、いずれもこれを違法と認めることはできない。
3 懲罰執行のための独居拘禁について
(一) 監獄法五九条は、「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と規定し、同法六〇条一項一一号は、懲罰の一つとして「二月以内ノ軽屏禁」があることを定め、同条二項本文は、その執行方法として「屏禁ハ受罰者ヲ罰室内ニ昼夜屏居セシメ情状ニ因リ就業セシメサルコトヲ得」と規定する一方、同法六二条一項は、「懲罰ニ処セラレタル者疾病其他特別ノ事由アルトキハ其懲罰ノ執行ヲ停止スルコトヲ得」と規定し、監獄法施行規則一六〇条二項は、「戸外運動ノ停止、減食又ハ屏禁ニ処セラレタル者ニ付テハ監獄ノ医師ヲシテ本人ヲ診断セシメ其健康ニ害ナシヲ認メタルトキニ非サレハ懲罰ヲ執行スルコトヲ得ス」と、同規則一六一条は、「減食又ハ屏禁ノ執行中ニ在ル者ハ監獄ノ医師ヲシテ時時其健康ヲ診断セシム可シ」と規定する。
右の監獄法及び監獄法施行規則を含む関係法規の規定に鑑みれば、施設の長である刑務所長は、懲罰事犯が発生したと認め、その懲罰として軽屏禁が相当であると判断した場合、在監者に対し、精神又は身体の健康を害するおそれが認められない限り、その者を、罰室内での昼夜屏居を内容とする軽屏禁に処すことができると解される。そして、発生した懲罰事犯に対してどのような懲罰を科すかについては、その性質上、刑務所長の行刑上の合理的な裁量に委ねられていると解されるところ、その裁量判断は、全く事実の基礎を欠き、あるいは、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権を逸脱し、又はその濫用があったものとして違法となると解するのが相当である。
(二) 本件においては、(1) 平成元年八月一八日から同月二七日までは、原告による私物品不正授受事犯に対する軽屏禁の執行のため、(2) 平成元年九月一日から同月二一日までは、原告による出役拒否事犯に対する軽屏禁の執行のため、(3) 平成三年五月二九日から同年六月四日までは、原告による暴言事犯に対する軽屏禁の執行のため、(4) 平成八年一二月二日から同月一二日までは、原告による暴言事犯に対する軽屏禁の執行のため、それぞれされた独居拘禁であるところ、右(1)及び(2)の各懲罰事犯については、前記三1(三)及び(四)のとおり、その発生が明らかであり、右(3)及び(4)の各懲罰事犯についても、前記三2(三)のとおり、旭川刑務所職員が虚偽の報告をしたと認めることはできないから、いずれについても、原告による懲罰事犯の存在を認めた旭川刑務所長の判断が事実の基礎を欠いていたと認めることはできない。なお、右(1)は一旦決着した事犯を蒸し返したものであり、右(3)及び(4)はいずれも旭川刑務所職員の虚偽の報告によるものである旨の原告の主張が採用できないことは、前記三2(二)及び(三)判示のとおりである。
そして、右各事犯の内容に照らすと、旭川刑務所長が右各軽屏禁の懲罰を選択したことが、明白に合理性を欠いているということもできないから、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであると認めることもできない。
また、原告を右各軽屏禁の執行のため独居拘禁に付した際、これによって原告の精神又は身体の健康を害するおそれがあったと認めるに足りる証拠はなく、かえって、<証拠略>によれば、右各軽屏禁の執行前には、医師が原告を診察して、健康上懲罰の執行は差し支えないことを確認したこと、右(2)及び(4)の各軽屏禁の執行中には、原告の健康状態が懲罰執行に耐えないとして、その執行を停止し、休養処遇に付したことが認められるから、右各軽屏禁は、現に執行された限度においては、原告の精神又は身体の健康を害するおそれがなかったということができる。
右のとおりであるから、本件独居拘禁のうち懲罰執行のための独居拘禁については、いずれもこれを違法と認めることはできない。
4 保安上の理由による独居拘禁について
(一) 監獄法一五条は、在監者の拘禁方法について、「在監者ハ心身ノ状況ニ因リ不適当ト認ムルモノヲ除ク外之ヲ独居拘禁ニ付スルコトヲ得」と規定するところ、同法施行規則四七条は、「在監者ニシテ戒護ノ為隔離ノ必要アルモノハ之ヲ独居拘禁ニ付ス可シ」と定めている。
他方、監獄法施行規則二五条一項は、「受刑者ハ本則ニ於イテ特ニ規定アル場合ヲ除ク外」「余罪又ハ刑期限内ノ犯罪ニヨリ審問中ニ在ル者」「刑期二月未満ノ者」「分類調査ノ為必要ト認ムル者」「ノ順序ニ従ヒ之ヲ独居拘禁ニ付ス可シ」と規定し、同条二項は、「独居監房ニ残余アルトキハ前項ニ該当セサル受刑者ト雖モ之ヲ独居拘禁ニ付スルコトヲ得」と規定して、施設の物理的収容能力に応じた拘禁方法を定める一方、同規則二七条一項は、「独居拘禁ノ期間ハ六月ヲ超ユルコトヲ得ス但特ニ継続ノ必要アル場合ニ於テハ爾後三月毎ニ其期間ヲ更新スルコトヲ妨ケス」として、独居拘禁の期間並びにその更新の要件及び期間を厳格に定めるほか、同規則二八条は、「所長及ヒ監獄ノ医師ハ少クトモ三十日毎ニ一回、其他ノ監獄官吏ハ毎日数次独居拘禁に付セラレタル在監者ヲ巡視ス可シ」と、同規則三〇条は、「独居拘禁ニ付セラレタル在監者ヲ巡視シタル監獄官吏ハ其視察シタル事項ヲ所長ニ報告ス可シ」として、独居拘禁に付せられた者の動向を注意するよう定め、さらに、同規則一〇六条二項は、「前項ノ運動時間ハ独居拘禁ニ付セラレタル者ニ限リ一時間以内ニ伸長スルコトヲ得」と、同規則一〇七条は、「独居拘禁に付セラレタル在監者ニシテ二十歳未満ノモノハ少ナクトモ三十日毎ニ一回、其他ノモノハ少ナクトモ三月毎ニ一回、雑居拘禁ニ付セラレタル受刑者ニシテ期間一年以上ノモノハ少クトモ六月毎ニ一回監獄ノ医師ヲシテ健康診断ヲ為サシム可シ」として、独居拘禁に付せられた者の健康に特段の注意を払うよう定めている。
このような法規の規定に鑑みれば、在監者を独居拘禁に付するに当たっては、これによって、その精神的身体的活動を著しく制限することとなる結果(現実の制限の態様は前記二2のとおり)、その精神及び身体の健康に悪影響を及ぼしかねないことから、法規において個別具体的に独居拘禁とすることを定めている場合は格別、それ以外の場合には、その必要性に関する諸般の事情を慎重に検討した上で決定すべきものと解するのが相当である。そして、監獄法施行規則二七条一項が、独居拘禁の期間について具体的に制限を設け、期間の更新については更に厳格な要件を課していることに鑑みると、独居拘禁の期間更新に当たっては、独居拘禁が不必要に長期間に及ぶことのないように配慮し、その必要性について検討すべきものというべきである。
なお、被告は、独居拘禁の期間を更新する決定は、それぞれ別個の決定であるから、結果として独居拘禁の期間が長期に及んだとしても、それは個々の判断の積み重ねにすぎない旨主張する。しかし、監獄法施行規則二七条一項が前述のように、独居拘禁の期間を制限し、更新の要件を特に定めている趣旨が、独居拘禁が長期間に及ぶことによって在監者の健康に悪影響の及ぶことを避けようとすることにあると考えられるから、独居拘禁の期間が長期間に及ぶことは可能な限り避けるべきことはいうまでもないところである。もとより、独居拘禁の期間が長期間に及んだという一事をもって、その更新が許されなくなるものでないことは事の性質上言うまでもないことであるが、独居拘禁の期間が長期間に及んでいるか否か、その結果在監者の健康に重大な影響を与えているかどうかということは、その更新の必要性を判断するに当たって無視することのできない要素の一つであることは、前記の法規の規定の趣旨に照らし明らかというべきである。したがって、被告の右主張は、採用することができない。
(二) ところで、在監者をどのような形態で拘禁するかは、当該在監者の更生のためにはどのような拘禁形態が効果的かという見地のみならず、施設としての刑務所の円滑な運営が阻害されることなく、拘禁施設である刑務所内の規律や秩序が維持確保でき、他の在監者の更生に悪影響を与えないかという見地からも判断される必要があり、その判断のためには、専門的技術的な知見とともに、在監者や刑務所内のあらゆる事情を総合勘案した個別具体的な検討が要求されるものであるから、関係法規の規定の趣旨に鑑み、右判断は、専門的技術的な知見を持つ職員を擁する刑務所の長である刑務所長の合理的な行刑上の裁量に委ねられているものと解するのが相当である。
したがって、在監者を独居拘禁に付すか否か、独居拘禁の期間を更新する必要があるか否かの判断についても、刑務所長の合理的な行刑上の裁量に委ねられており、その裁量判断は、全く事実の基礎を欠き、あるいは、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権を逸脱し、又はその濫用があったものとして違法となると解するのが相当である。
(三) 本件においては、旭川刑務所長は、保安上の理由により、平成元年九月二二日、原告を同日から独居拘禁に付し、平成二年三月二〇日及び同年六月一四日にそれぞれ右期間を更新し、また、同年九月二六日、原告を同日から独居拘禁に付し、同年一二月二〇日及び平成三年三月一八日にそれぞれ右期間を更新し、更に、平成三年五月三〇日、原告を同年六月五日から独居拘禁に付し、同年八月二九日、同年一一月二八日、平成四年二月二七日、同年六月四日、同年九月三日、同年一二月三日、平成五年三月四日、同年六月三日、同年九月二日、同年一二月二日、平成六年三月三日、同年六月二日、同年九月一日、同年一二月一日、平成七年三月二日、同年六月一日、同年八月三一日、同年一一月三〇日、平成八年二月二九日、同年五月三〇日及び同年八月二八日にそれぞれ右期間を更新したところ、右各決定の理由とされた事由は、概ね次のとおりである。
(1) 原告が、田守に対して遺恨の念を抱いており、原告を集団処遇に付すと、原告が、田守に報復したり、同人や同人に近い在監者と軋轢を引き起こすおそれがある。
(2) 田守や他の在監者が、原告に対して遺恨の念を抱いており、原告を集団処遇に付すと、原告が田守や他の在監者から暴行等の危害を加えられるおそれがある。
(3) 原告の性格は、感情統制が極めて不良で、刺激を受けると即行的に反応しやすく、自己顕示欲が顕著で攻撃性が強いというものであるから、原告を集団処遇に付すと、他の在監者に悪影響を与えたり、他の在監者と軋轢を引き起こすおそれがある。
(4) 原告には 旭川刑務所職員に対する不信感や反発心があり、職員の指示に従わず、規律違反をするおそれがある。
まず、右(1)については、田守の原告に対する暴行の態様は一方的なものであり、これによって、原告は加療約二週間を要する傷害を負ったのであるから、原告が田守に対して遺恨の念を抱くのは当然であって、田守から何の謝罪や慰謝の措置も講じられた形跡のない状況の下で、原告の遺恨の念が消失していないことを理由に独居拘禁を継続することは、傷害の一方的被害者である原告に酷のようにも思われる。しかも、平成二年の後半ころからは、原告は、田守から謝罪があれば受け入れる旨述べるようになり、また、その後の旭川刑務所職員による面接内容を見ても、原告の田守に対する遺恨の念は、次第に弱いものになってきており、特に事件から六年余を経た平成七年一一月の面接時には田守に対する反感も残っていないと明言するまでに至っている。しかしながら、田守による右暴行の動機は、前記三2(一)判示のとおり、原告が田守の組長であった花田を見下すような発言をしたことにあると認められるにもかかわらず、原告は最後まで、そのような発言をしたことを否定していたのであるから、旭川刑務所長において、原告を集団処遇に付すと、右のような主張の食違いが両者の遺恨を再燃させ、これを契機として、原告と田守や同人と親交のある在監者との間で軋轢が発生するおそれがあると判断しても、不合理であるとまではいい難い。
次に、右(2)については、田守や他の在監者が原告に対して遺恨や不快の念を抱いていることは、平成元年八月四日の田守による暴行事犯や平成二年七月一八日の他の在監者による暴行事犯のほか、原告が田守の組長を見下すような話をしていたことからも、原告に対する加害のおそれを容易に推認することができ、特に平成八年二月二三日の旭川刑務所職員の田守との面接結果によれば、田守の原告に対する右遺恨の念は、事件から六年半を経過した右時点においても相当程度に強いと窺うことができるから、旭川刑務所長において、原告を集団処遇に付すと、原告に危害が加えられるおそれがあると判断することが不合理であるとはいい難い。
また、右(3)については、原告の言動が平成元年八月四日の田守による暴行事犯を招き、平成二年七月一八日には他の在監者からも暴行を受けている事実に照らすと、原告には、他の者の不快感を誘発しがちな言動に及ぶ傾向があると推認することができ、そうすると、旭川刑務所長において、原告を集団処遇に付すと、他の在監者と軋轢を引き起こすおそれがあると判断することが不合理であるとはいい難い。
これに対し、右(4)については、原告は、田守から一方的に暴行を加えられた被害者であるにもかかわらず、旭川刑務所において、革手錠のまま保護房に拘禁されるなどの措置を受けたのであるから、原告が旭川刑務所職員に対して不信感や反発心を抱くことには無理からぬ面があるということができる。しかも、右措置が違法であるとして国に対して損害賠償を命じた判決が確定した後になっても、右措置を命じた旭川刑務所長やこれに関与した職員が原告にその非を認める言動に及んだ形跡も窺われない。したがって、原告が正当に抱く右のような不信感や反発心を解消するため、旭川刑務所側がどのような努力をしたのか判然としない本件においては、原告が、旭川刑務所職員に対して不信感や反発心を抱いていたことについては、旭川刑務所側にも責めを負うべき事情があるというほかはなく、右(4)の点については、本件独居拘禁を正当化する理由として斟酌することは相当ではないというべきである。
以上のとおり、原告を集団処遇に付した場合に、原告が他の在監者に悪影響を与えたり、他の在監者と軋轢を引き起こしたり、他の在監者から危害を加えられるような事態が発生すれば、いわゆる長期の刑(執行刑期八年以上)で服役する犯罪傾向の進んだ受刑者(LB級受刑者)を収容する旭川刑務所(<証拠略>)の円滑な運営や規律秩序の維持に支障を来すことは明らかである。したがって、旭川刑務所長が、前記の各期間原告を独居拘禁に付しその期間を更新したことについて、前記認定に係る各拘禁及びその更新毎の事情に照らすと、その理由とした事由のうち前記(1)ないし(3)については、いずれもそれ自体著しく不合理とまではいい難いものであるから、結局、右独居拘禁及び期間の更新が合理的な理由や必要性がないのにされたということはできない。
(四) また、旭川刑務所長が原告を右独居拘禁に付しその期間を更新した際、これによって原告の精神又は身体の健康を害するおそれがあったと認めるに足りる証拠はなく、かえって、<証拠略>によれば、平成三年五月三〇日、同年八月二九日及び平成八年五月三〇日の処分を除き、医師が事前に原告を診察して、健康上差支えがないことを確認していることが認められる。
(五) そこで、更に進んで、旭川刑務所長が原告を前記の各期間独居拘禁に付しその期間を更新したことについて、前記(三)(1)ないし(3)の事由があっても、なお、裁量権を逸脱又は濫用したと認めるに足りる事情があるか否かについて検討する。
まず、本件独居拘禁が通算して約七年半の長期に及んだことをもって、旭川刑務所長が裁量権を逸脱又は濫用したといえるか否かについて検討するに、前記(二)で判示したとおり、独居拘禁が長期に及ぶことは可能な限り避けるべきであるから、旭川刑務所長としては、漫然と独居拘禁の期間を更新するのではなく、その更新の要件の有無を子細に検討するとともに、独居拘禁を必要とする状態を解消する努力をしなければならないと解される。ところが、原告を独居拘禁に付しその期間を更新する主な理由が、原告と田守との対人関係にあり、田守の原告に対する前記暴行事犯の態様が一方的なものであったことに鑑みれば、まずは田守に対し、原告への慰謝の措置を講じるよう指導して対人調整を図ることが肝要であったと考えられるのに、旭川刑務所側では、田守に対し原告との対人調整を働きかけたことはなく(<証拠略>)、また、対人調整が困難であれば、他の刑務所へ移送することも考慮し得るのに(<証拠略>)、そのような見地から原告や田守の移送が検討された形跡もなく、更に、前述のように、原告の旭川刑務所職員に対する不信感や反発心を自ら招いた一面があるのにこれを解消するために適切な努力をした形跡も窺えない。こうした事情に鑑みると、間に取調べのための独居拘禁や懲罰執行のための独居拘禁を挟んでいるとはいえ、旭川刑務所長において、原告の独居拘禁を必要とする状態を解消するための職責を尽くしたといえるかどうかについて、疑問を差し挟む余地がないとはいい難い。しかしながら、そのような点を考慮しても、前記のとおり原告を独居拘禁に付すべき保安上の理由が現に認められる以上は、これを理由に原告を独居拘禁に付した旭川刑務所長に裁量権の逸脱又は濫用があったと断ずるには足りないというべきである。
次に、原告に対する前記独居拘禁及び期間の更新が、田守の処遇との関係で、均衡を失しているといえるか否かについて検討するに、<証拠略>によれば、田守は、原告が本件独居拘禁に付せられている間の平成二年三月ころから継続して工場に出役していることが認められるところ(なお、原告は、<証拠略>について、時機に遅れた攻撃防御方法の提出であって、却下されるべきである旨主張するが、右書証の提出以前においても、当事者双方は田守とその関係者の工場出役を前提として攻撃防御をしていたことに鑑みると、原告の右主張は採用することができない。)、田守の原告に対する前記暴行事犯の態様に鑑みると、原告のみを独居拘禁に付すことは、田守との関係において均衡を失しているようにも考えられる。しかしながら、本件独居拘禁は、右暴行事犯に対する懲罰の執行としてされたものではないし、また、原告を本件独居拘禁に付しその期間を更新した理由は、右(三)のとおり、単に田守との関係のみにとどまるものではないから、田守の処遇との均衡の点から、直ちに、旭川刑務所長が裁量権を逸脱又は濫用したとまでいうことはできない。
更に、原告が請求原因3(一)(6)で主張するような不当な目的のため、旭川刑務所長が原告を独居拘禁に付しその期間を更新したといえるか否かについて検討するに、旭川刑務所長は、平成五年一二月二日に原告の独居拘禁期間を更新した際、「訴訟が終結したということで、集団処遇も検討していかなければならないところである。」としており、右からは、原告が国を被告として訴訟を提起し追行していたことを刑務所当局に対する不信感の現れとみて、本件独居拘禁の理由の一つとしていたものと窺われる。しかしながら、旭川刑務所長が右訴訟終了後も原告の独居拘禁の期間を更新し続けていることに鑑みれば、原告が右訴訟を提起追行したことが、原告を独居拘禁に付しその期間を更新した主たる理由であるとまで認めることはできない。したがって、これをもって、旭川刑務所長が、右訴訟の提起追行に対する報復を目的として、原告を独居拘禁に付しその期間を更新したとまでいうことはできない。また、旭川刑務所長が、原告を独居拘禁に付しその期間を更新するにあたり、田守から暴行を受けた後の保護房拘禁に対する原告の抗議を隠蔽又は弾圧する目的や、原告と他の在監者との交通を遮断して自らの違法行為を隠蔽する目的を有していたと認めるに足りる的確な証拠もない。
したがって、右の各事情を勘案しても、旭川刑務所長が、前記の各期間、保安上の理由があるとして、原告を独居拘禁に付し、その期間を更新したことについて、旭川刑務所長に裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。また、以上のほかに、旭川刑務所長の裁量権の逸脱又は濫用を認めるに足りる事情はない。
(六) 以上のとおりであるから、本件独居拘禁のうち保安上の理由があるとしてされた独居拘禁及びその期間の更新については、いずれもこれを違法と認めることはできない。
5 休養処遇としての独居拘禁について
在監者を、傷病の治療や休養に専念させるために、休養処遇として独居拘禁に付す場合には、休養処遇ではない場合に比べ、独居拘禁が在監者の身体及び精神の健康に与える悪影響は小さいと考えられるから、恣意的に不当な目的のため独居拘禁に付したなどの事情があり、刑務所長がその裁量権を逸脱又は濫用したと認めることができる場合を除いて、違法とはいえないと解される。
本件においては、平成八年一二月一三日から平成九年二月一四日まで、原告の腰痛症のため休養処遇とした上で独居拘禁が継続されたところ、これは旭川刑務所の五十嵐医務課長が原告を診察した上で、腰痛症のため休養加療が必要であると認め、これを受けて旭川刑務所長が休養処遇に付すことを決定したものであって(<証拠略>)、旭川刑務所長がその裁量権を逸脱又は濫用したと認めることはできない。
したがって、本件独居拘禁のうち休養処遇としての独居拘禁については、これを違法と認めることはできない。
6 なお、原告は、(一) 本件独居拘禁は、原告に椎間板ヘルニア、狭心症という持病があったから、監獄法施行規則二六条に違反する、(二) 本件独居拘禁は、他の在監者と同等の取扱いをしない点で、憲法一四条に違反する、(三) 本件独居拘禁は、自由な人格者であるとはいえない程度まで原告の身体的自由を剥奪するものである点で、憲法一八条に違反する、(四) 本件独居拘禁は、手続上適正でないという点で、憲法一三条及び三一条に違反する、(五) 本件独居拘禁は、原告に対する刑の執行のためには不必要な精神的肉体的苦痛を加える点で、憲法三六条に違反する、(六) 本件独居拘禁は、残虐かつ非人道的で品位を傷つける取扱い又は刑罰である点で、市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約)七条に違反する、(七) 本件独居拘禁は、人間の尊厳に基づく処遇に違反する点で、同規約一〇条に違反すると主張する。
しかし、右(一)については、原告にその主張のような持病があったとしても、前記2ないし4のとおり、原告が監獄法施行規則二六条にいう「精神又ハ身体ニ害アリ」といえる状態にあったと認めるに足りる証拠はないから、本件独居拘禁が監獄法施行規則二六条に違反するということはできない。右(二)については、憲法一四条は、在監者の処遇につき、すべての在監者を常に均一に取り扱うべきことを規定したものではなく、法律に基づいて必要と認められる合理的な範囲内で在監者の処遇を異にすることを許容するところ、本件独居拘禁は右範囲内にあると解すべきであるから、右主張には理由がない。右(三)については、前判示の事実関係の下においては、本件独居拘禁が、自由な人格者であるとはいえない程度まで原告の身体的自由を剥奪するものであったとまで認めることはできないから、右主張には理由がない。右(四)については、前同様に、旭川刑務所長は、原告を本件独居拘禁に付すに当たり、いずれも法令の定める手続を履践していると認められるから、右主張には理由がない。右(五)については、前同様に、本件独居拘禁が、原告に対し、刑の執行のために不必要な精神的肉体的苦痛を加えたとまで認めることはできないから、右主張には理由がない。右(六)については、前同様に、本件独居拘禁が、残虐かつ非人道的で品位を傷つける取扱い又は刑罰であるとまで認めることはできないから、右主張には理由がない。そして、右(七)については、前同様に、本件独居拘禁が人間の尊厳に基づく処遇ではないとまで認めることはできないから、右主張には理由がない。
以上のとおり、原告の右(一)ないし(七)の主張は、いずれも理由がない。
7 そして、以上のほかに、本件独居拘禁が違法であることを認めるに足りる証拠はない。
六 以上の認定判断によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤陽一 村田龍平 守山修生)